死蔵在庫を生かす循環経済への転換
工場で使われなくなった設備予備品は、これまで不要在庫として長らく保管されるか、廃棄の対象となるのが一般的だった。しかし近年、こうした状況に少しずつ変化の兆しが見え始めている。
【画像】「トラックドライバー = 底辺職」――その言葉、本当に言えますか?(計17枚)
トヨタ自動車は、年間約4億円に上る設備予備品を社外へ流通させる仕組みづくりに着手した。背景にあるのは、設備の老朽化にともなう補修部品の不足と、それに連動する調達リスクの顕在化だ。とはいえ、この動きは在庫処分にとどまらない。
かつては死蔵されていた不要在庫を産業全体で共有し、新たなサーキュラーエコノミー(循環経済)へと転換する試みといえる。このパラダイムシフトは、日本の製造業に何をもたらすのか。
設備予備品の流通市場という新たな価値が胎動する現状について、実例を交えながら背景を掘り下げる。
年4億円の余剰品が生む新たな価値
トヨタがモーターや減速機といった不要な設備予備品の外販に踏み切った理由は、単純な在庫処分ではない。自動車産業全体が変革期を迎えるなか、大量の資源を消費して廃棄する直線経済からの脱却が求められており、余剰品への眼差し自体が変わりつつあるのだ。
そもそもトヨタの設備予備品は、自社設備の故障や定期保全を見越して抱える電気・機械系の部品を指す。生産ラインを止めないための、いわば保険としての在庫である。同社は不必要な予備品は購入しないという方針を掲げ、
「4S(整理・整頓・清掃・清潔)」
を徹底してきた。それでも設備の廃却などにともない、年間4億円規模の予備品が廃棄されているのが実態だった。自社では役目を終えた部品であっても、似た設備を稼働させている他企業にとっては宝の山になり得るケースは珍しくない。
すでにトヨタは、廃却設備から外したリユース品などをグループ企業へ試験的に売却してきた。しかし、設備の更新タイミングや導入機種は各社で異なるため、グループ内での融通には限界があった。
そこで2026年秋から、日本製鉄発のスタートアップKAMAMESHI(カマメシ、東京都大田区)が展開する会員制の設備部品売買サイトを通じた外販をスタートさせる。取引先以外にも販路を広げて部品の循環を本格化し、B2Bにおけるシェアリングエコノミー(共有経済)の手法で産業界の調達難を支援する狙いだ。
廃棄の運命にあった余剰品が、必要な現場へ届けられることで確かな資産へと生まれ変わるのだ。
供給網リスクを救う新たな調達基盤
新たな余剰品市場が形成されつつある背景には、製造業を取り巻く厳しい環境変化がある。設備の老朽化が進む国内の現場では、予備品の確保がますます困難になってきた。加えて見逃せないのが、サプライチェーン・マネジメントが抱える脆弱性の顕在化だ。
これまで日本の製造業は、在庫の徹底的な削減を追求するジャスト・イン・タイム(JIT)型の供給網を磨き上げてきた。だが、バッファを持たない効率重視の仕組みは、東日本大震災やコロナ禍、さらに昨今の地政学リスクといった突発的な事態に対して脆い。
たったひとつの設備部品が突然の故障で手に入らなかったり、メーカー側で廃番になったりするだけで工場全体が止まり、広範な供給網の寸断を招きかねないからだ。時間との戦いを強いられる現場において、企業は極限のJITから、万が一に備えるジャスト・イン・ケースへのパラダイムシフトを迫られている。
こうした切実な課題に対する解のひとつが、設備予備品の流通プラットフォームである。カマメシが運営する売買サイトは、余剰品や不足品を対象とした製造業向けのSaaS(サービスとしてのソフトウエア)だ。社名の由来である「同じ釜の飯を食べる」仲間が示す通り、各社が培ってきた技術や知恵をつなぎ合わせ、新しいものづくりのあり方を模索している。
サービス開始から約2年3か月で、会員数は在庫管理システムの利用を含め200事業所に達した。登録部品数は19万点を超え、現場の調達力を底上げする巨大なデータベースとして機能し始めている。事前に必要な情報を登録しておくことで、当日中に目当ての部品を確保できた事例も出ているという。
この仕組みは売買の双方に利点をもたらす。購入側が生産停止のリスクを抑えられる一方で、販売側は死蔵していた不要在庫を資産として有効に活用できる。カマメシは保全という共通課題を切り口に、縦割りだったサプライチェーンに横串を通し、企業同士が補完し合うネットワークを築き上げているのだ。
信頼と情報管理が握る流通の競争
こうした設備予備品の流通プラットフォームは、しばしば
「製造業版メルカリ」
と形容される。一般向けのフリマアプリでも、捨てられるはずだったモノに価値が見出され所有から利用へのシフトが進んでいるが、製造業向けのサービスにはより高度な情報基盤が不可欠となる。
設備部品は一点物や生産終了品が多く、価格の安さだけでは取引が成立しにくい。適合する仕様や過去の使用履歴、保管状態といった詳細な情報が取引の成否を分けるためである。
カマメシは、会員制を敷くことで取引の信頼性を担保しつつ、サイト内での検索から売買までを完結させている。さらに現場を丹念に調査し、累計32万点超の部品をデータベース化してきた。QRコードによる在庫管理をはじめ、インダストリー4.0(スマートファクトリー化)を見据えたデジタル技術を活用し、設備の実態や潜在的なリスクまでを可視化している点が特徴だ。
他の事業者も独自のサービスを展開している。プラスチック加工機器販売を手がけるツタワ(大阪市)の「ツタワル」は、スマートフォンアプリを通じて全国の相手と売買できる手軽さが売りだ。輸送や設置の手配もカバーし、クレジットカードや銀行振込のほか、企業間で求められる請求書払いにも対応する。
また、日本特殊陶業の社内ベンチャーとして発足したシェアリング・ファクトリー(名古屋市)は、遊休資産の売買にとどまらず、設備や計測器を企業間で貸し借りするシェアリングサービスを提供している。
流通プラットフォームをめぐる競争の軸は、すでに価格にとどまらない。取引の信頼性や現場のデジタルトランスフォーメーション支援を含めた、より総合的なサービスの競い合いが始まっている。部品流通が持つ真の価値は情報にあるといっていい。
余剰品や設備のデータを正確に把握・管理し、AIによる予測保全などと連携させながら最適な相手と結びつける。その仕組みをいかに構築できるかが競争力の源泉となる。マッチングアプリの枠を超え、次世代の産業インフラとしての役割を担い始めているのだ。
産業全体へ広がるTPSの哲学
トヨタ生産方式(TPS)は、ムダを徹底的に排除して利益の最大化を図る、同社独自の生産方式として知られる。その根底には、豊田佐吉が母親の機織り仕事を楽にしたいと生み出した自動織機や、豊田喜一郎の必要なものを必要なときに必要なだけ生産するという思想が脈々と息づいている。
TPSは現場に潜む七つのムダ(作りすぎ、手待ち、運搬、加工、在庫、動作、不良)を敵視し、なかでも過剰な在庫は諸悪の根源と位置づけてきた。そして現在、この思想は自社の生産ラインという枠を越え、社会の設備資産全体へと適用されようとしている。
自社の倉庫で眠る不要在庫を、それを必要とする企業へ循環させることは、価値を腐らせるムダを削ぎ落とす試みにほかならない。TPSの哲学が一工場内の改善から産業全体の資産管理へと拡張された姿として読み解くことができる。
また、4Sに「しつけ」を加えた5Sは、ムダを可視化する強固な土台となる。工具や部品の置き場所を厳密に定め、探し回る手間を省く。そうした地道な現場改善を積み重ねてきた日本の製造業の土壌があるからこそ、品質や履歴情報の正確さが問われるプラットフォームが十分に機能するのだろう。
今回のトヨタによる設備予備品の外販という一歩が、一企業の取り組みで終わるのか、それとも産業全体を巻き込んだ潮流となるのかが今後の試金石となる。もし流通市場が本格的に拡大すれば、設備停止リスクの低減にとどまらず、資産効率の劇的な改善や資源循環の促進など、その波及効果は計り知れない。
余剰品市場が目指す地点は、中古部品の単純な売買ではない。各企業が抱える遊休資産を産業界全体で共有するための、全く新しいインフラストラクチャーの構築だ。この市場は果たしてどこまで広がりを見せるのか。そして、日本の製造業全体のレジリエンス(回復力)と競争力の底上げに結実するのか。
経済的な合理性とサステナビリティを両立させる流通基盤をいかに築き上げるかが、次世代の強いものづくりを生み出す強力な条件となるはずだ。(鳥谷定(自動車ジャーナリスト))
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みんなのコメント
公正取引委員会に指摘され保管料金がかかるため
そもそもこのシステム自体を改善すく気がないのがなんとも。