モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは1993年の全日本GT選手権を戦った『GTシルビア』です。
* * * * * *
『マツダ・サバンナRX-7(FC3S)』JGTC初年度のGT2を支えた“転用”マシン【忘れがたき銘車たち】
今もなお歴史を紡ぎ続けているスーパーGTの前身である全日本GT選手権(JGTC)。このJGTCのシリーズスタートは1994年だとよく言われている。
GTアソシエイションによる振興策が功を奏して、現在に比べれば少ないが多くのエントリーが集まり、JGTCの予定されたシリーズ全戦が行なわれたのが1994年である。なので、それは間違いではないが、実は1993年にも数戦ではあるものの、レースが行なわれていた。
1992年までグループCカーによるレースとして開催されていた全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)の後継シリーズとして、インター・サーキット・リーグ(ICL)が立ち上がった。このICLの一部門としてJGTCは、1993年にスタートを切っていた。
ただ記念すべき初年度のJGTCに集まったのはわずか2台で、しかもその2台ともがニスモの用意した車両であった。
そのうち1台は、GT1クラスにエントリーした1994年からもJGTCの顔となり続けるニッサン・スカイラインGT-R。そして、もう1台が『GTシルビア』という名でエントリーしたGT2クラスのS13型のニッサン・シルビアだったのだ。
JGTC仕様のシルビアは、JAFのN3という規定に沿った車両で、ボディはオリジナルのエアロパーツを纏い、大きく拡幅。エンジンはシルビア元来のSR20DETをチューンしたものを搭載し、ブレーキなど一部はスカイラインGT-Rのパーツを流用して製作された。
このシルビアとGT-Rというたった2台で船出を果たしたJGTCは、全9戦が予定されていたものの、中止や不成立もあり、結局行なわれたのは実質3戦のみ。しかも、そのうちの2戦はN1耐久レースや全日本F3000選手権のサポートレースとして、JSS車両との混走で行なわれたものだった。
そんな寂しい状況だったこともあり、プレシーズン的な扱いとされる1993年のJGTC。ただ歴史の第一歩であったことには間違いないこの年のGTをシルビアは確かに支えた1台だったのである。
[オートスポーツweb 2025年10月15日]
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
愛車管理はマイカーページで!
登録してお得なクーポンを獲得しよう
レッドブルのヘルムート・マルコ博士、契約を早期終了し今季限りで退団の可能性も「話し合いを行なう。様々なことが、複雑に絡み合っているのだ」
【正式結果】2025年F1第24戦アブダビGP 決勝
ホンダ/HRCとレッドブル・グループの提携終了。フェルスタッペンの勝利により、有終の美を飾る。HRC渡辺社長「F1最前線に関わり続けられたのは誇り」
勝者フェルスタッペン、2点差で王座に届かず「辛くはない。ここまで挽回したことを誇りに思う」袂を分かつホンダには感謝
新王者ノリス、コース外走行でペナルティを避けられたのはナゼ?? 原因は角田裕毅のドライビング|F1アブダビGP
8年ぶり全面刷新! 日産新型「流麗クロスオーバー」に問合せ“殺到”!? 全長4.4m“ボリューミーボディ”に「700km超え航続」も実現! 新時代の“日産の要”「リーフ」が販売店でも話題に
ターボってガソリン喰いまくりのエンジンじゃなかったっけ? いまどきのターボがむしろ省燃費な理由
なぜ日本のEVバスは「中国BYD」だらけ? 国内企業が勝てない“価格と実績”の壁
バイク駐車場「40台に1台」の絶望 都市部ライダーが“駐車難民”になる根本原因は法律の「ねじれ」×縦割り行政!?
中国軍機が自衛隊機にレーダー照射!“2回”であることが持つ意味とは 今後は「頻繁に照射」される可能性も?
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!
みんなのコメント
\(//∇//)\
ハコ車のレーシングモデルは、ボティワークをこのレベルに留めておくと円滑な感情移入へと発展させやすい。