2020年、ヨーロッパで開催されているGT3カーレースの最高峰シリーズのうちのひとつ、GTワールドチャレンジ・ヨーロッパのスプリントカップに、アウディの名門WRTから参戦することになった富田竜一郎。開幕を前に、イタリアのミサノで行われたプライベートテストに参加しチームと対面したが、そのときの様子と、ヨーロッパへの挑戦への意気込みを聞いた。
1988年生まれの富田は、他の多くのドライバーたちが通るような、レーシングカートからジュニアフォーミュラでのステップアップを経験せず、ニッサンが行っていたGT-Rプレステージカップから四輪レースデビューを飾り、スーパーGT GT300クラスに参戦したユニークなキャリアをもつ。2015年にはGT300で2勝を飾っている。
富田竜一郎が2020年GTWCヨーロッパのスプリントカップに挑戦。WRTからの参戦を発表
そんな富田は、2018年にAudi Team Hitotsuyamaに加わったが、チームとともに挑んだ2回の鈴鹿10時間挑戦、そしてアウディRS3 LMSで挑戦したWTCR世界ツーリングカーカップ鈴鹿ラウンドへのスポット参戦を通じ、『世界との戦い』を意識しはじめた。
今季に向け、富田はスーパーGTで所属していたAudi Team Hitotsuyamaを通じて、Hitotsuyamaが提携しているベルギーの名門、WRTと交渉を開始した。2月には参戦が決まったが、当初は、台数も多いGTワールドチャレンジ・ヨーロッパのエンデュランスカップへの参戦を検討していたものの、エンデュランスでは条件がかみ合わず、富田が求めるプロクラスでの参戦ではなくシルバーカップとなってしまう可能性が濃厚だった。
そこで提示されたのが、スプリントカップでアウディスポーツの支援を受けつつ戦う……というもの。富田をサポートしてくれるスポンサーの支えもあり、4月にはアウディファクトリードライバーのケルビン・ファン・デル・リンデをチームメイトとして、スプリントへの参戦が決定した。
ただその後、新型コロナウイルス感染拡大が全世界を混乱に陥れ、富田の渡欧も“待ち”となってしまった。ただ、「仮にレースが開催されないとか、僕がまったく出国できない状況にならない限り絶対に行くと決めていましたし、チームも『どんな手段を使ってもお前を入国させる』と言ってくれていたので、不安はありませんでした」と焦りはなかったという。
「今年スーパーGTに乗らないことになり、他カテゴリーに出ることを発表できていなかったので、ファンの皆さんや、心配してくださっている関係者の皆さんに、お伝えできなかった心苦しさはありましたが、自分自身はすごくモチベーションは高かったですね」
外出できない期間が続くなか、自宅にドライビングシミュレーターの環境を構築していた富田は、ヨーロッパのサーキットを走り込むとともに、2019年にともにWTCRに挑んだ宮田莉朋とiRacingをトライしながら、走り方の違いなどを比較し、自分に足りない部分を見つけることができたという。また、“のじさんぽ”として知られる仲が良い野尻智紀や中山雄一とVITAに乗り、自らのドライビングに対して多くのことを得た。「レースがないからこそ、得られたものは大きかったと思います」という。
「最近は菅波冬悟選手ともゲームをやったり、これまであまり深い繋がりがなかった人たちと、毎日いろいろなことを話したりして、自分のレースに対する考え方も変わったり、ファンの方にYoutubeでシミュレーターのレースを観てもらったりと、モータースポーツをちゃんと世に広げられる努力をドライバー自身でしなければいけないということを気づきました」
■成田からイタリア入りも14日間の隔離はナシ。いざミサノへ
そんな期間を経て、富田にいよいよテストの機会がやってきた。とはいえ、現在は新型コロナウイルスの影響で渡航にも大きな制限があるなかで、成田空港からオランダを経由して、ボローニャのボルゴ・パニゴーレ国際空港までフライトした。
「成田空港は誰もいなかったですね……。身のまわりのものを空港で買うつもりで行ったのですが、乗る便のカウンターとWiFiのレンタル、自動販売機以外、ラウンジも何もやっていない。さすがに驚きましたね……」と富田。
今は海外へ渡った際には、多くの場合は14日間の隔離期間をおかなければならない。しかし、今回はWRTを通じて、テストの主催者、GTワールドチャレンジを運営するSROモータースポーツ・グループ、さらにFIA国際自動車連盟から、「この人物はプロフェッショナルレーシングドライバーであり、欧州への入国を認めて欲しい」というレターが用意されたため、120時間以内の滞在という制限つきながら、隔離期間を免除されたのだという。
「ふだんのイミグレーションと比べると、書類審査の時間でプラス5~10分くらいでしょうか。拍子抜けするくらい簡単に入国できました。レターの効力が大きかったんだと思います。WRTというチームが知名度があり、さまざまな場所に顔が利くからだと思いますね」
こうして無事にミサノに到着した富田だが、WRTというチームの印象について聞くと「ベルギーのチームなのでフランス系のスタッフが多いですし、日本人に対して……というようなものを感じることもあるかと思いましたが、ものすごくフレンドリーでした」という。
「しっかりファミリーとして受け入れてくれましたし、僕が英語が分かるようにていねいに説明してくれ、メカニックもきちんとコミュニケーションをとってくれました。さすがプロのスポーツチームという印象ですね。さまざまな人種と仕事をしなければいけませんから」
今回のテストは一日のみで、WRTの32号車アウディR8 LMSが1台だけ用意されており、富田とファン・デル・リンデは他のクルーとシェアをしながら参加した。初めてのミサノだったが、驚きも多かったという。
「僕がもっていたヨーロッパのコースとピレリの組み合わせの情報というのは、あまりグリップしないし、体力面では辛くないというものだったんですが、まったくウソでした(笑)。この2年間アウディに乗ってきましたし、鈴鹿10時間ではアウディでピレリも履いています。日本のコースがどれだけ辛いかを知っていたのですが、ミサノはその倍くらい辛かったです。横Gの振り返しが大きいし、もてぎのようなハードブレーキングもあるんです」と富田はミサノの感想を語った。
また、欧州式と日本式のコーナリングの違い、ヨーロッパ人とのブレーキ踏力の違いなど、アジャストにやや時間がかかったこと、近代のヨーロッパのレースではおなじみのインカットやコース外をつかう走り方などのアジャストにも苦労しながらも、ファン・デル・リンデの0.7~0.8秒落ちで安定してラップすることができたという。
さらに最終的に、テスト終わりのロングランでは、まだ悩みながらもファン・デル・リンデの0.2秒落ちでラップし、そのタイムを見たバン・デル・リンデ、そしてチームも大いに雰囲気が盛り上がったという。
「初めて加わるチームでスタッフが“認めてくれる”瞬間って、空気が変わるんですよね。その瞬間をこのテストで作れたのは嬉しかったですし、期待感をもって開幕戦にいけると思います。でも、日本のファンの皆さんの反響含め、想像以上にプレッシャーがかかりはじめました(笑)」
■ファン・デル・リンデとの意外な共通項。富田が今季目指すものは
今季、富田がともに組むことになるケルビン・ファン・デル・リンデは、アウディワークスとして世界各国のGT3カーレースで戦う南アフリカ人ドライバーで、2017年にはニュルブルクリンク24時間を制しており、2019年には鈴鹿10時間でも優勝を飾っている。押しも押されぬGT3レース界のトップドライバーのひとりだ。
「底抜けにいいヤツです(笑)。そして、過去に出会ったチームメイトのなかで、いちばん速いですね。どのポイントも速いし、フィードバックもすごい。アウディのことも良く知っていますし、ドライビングというものが上手いです」と富田はファン・デル・リンデを評した。
さらに興味深いのが「じつは彼も僕と同じで、フォーミュラを経験していないドライバーなんです」ということ。「もともとフォルクスワーゲン・ルポカップに参戦していて、その賞金を持ち込んでADAC GTマスターズでチャンピオンを獲り(2014年)、そこからアウディと契約しているそうなんです。初めて乗ったフォーミュラカーがフォーミュラEという、かなり珍しいタイプです(笑)」
「だからクルマの動かし方も良く分かっていますし、少しでも僕の方がいいところがあると、それを試してみようともします。すごくドライビングに対して真摯ですね」
文句のつけようがない体制で、2020年に新たな挑戦を始める富田。今後、第1戦ミサノに出場するためにふたたび渡欧した後、一度帰国して、再度ヨーロッパへ。その後はWRTのファクトリーのそばのホテルを借りて住む予定だという。初めての海外での生活を迎える。
「もちろん難しい挑戦になることは分かっていますが、日本人がヨーロッパで戦うというビハインドをもっていきながら、ある程度は成績を残したいと思っています。その僕の要求に対して、WRTとアウディスポーツがすごくいい体制を用意してくれたので、今まで日本で培ったものを最大限使っていきたいと思います」と富田は意気込みを語った。
「ヨーロッパに日本人がきて、海外メーカーのワークスに近い体制で戦えるのは今まであまりなく、日本のモータースポーツ界にとっても大きな出来事ではないかと思っています。でもそこで僕が失敗してしまうと、後に繋がらなくなってしまう。将来に繋げるためにも、僕が一定以上の成功を収めなければならない。鈴鹿10時間ができて、日本人の目が海外のGTレースに向きはじめた今こそ、こうして挑戦することで、今後の若手ドライバーにも繋がると思っています」
「そして、その目標を成し遂げることで、エンデュランスカップやインターコンチネンタルGTチャレンジでの活動に繋がる可能性が少しでも開ければ嬉しいです。今年は日本での戦いをあきらめてまで行っているので、どうあっても『行って良かったな』と思えるような一年にしたいですね」
GTワールドチャレンジ・ヨーロッパでは、ブランパンGT時代にニッサンGT-Rで千代勝正がチャンピオンを獲得したほか、濱口弘もスプリントでタイトルという結果を残してきた。しかし富田が言うとおり、日本人が海外メーカーの力が入る、総合優勝争いをするチームで戦ったことは多くない。富田がどんな結果を残してくれるか、大いに楽しみなところだ。
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