半世紀以上前の乗用車やトラックがずらりと並ぶ
1972年に米国アイダホ州マウンテンホームで創業した『ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブ(Jim’s Vintage Automotive)』は、ジムとエディー・ハインズ夫妻が経営している。
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「ここを単なる廃車置き場やジャンクヤード、サルベージヤードと見る人もいますが、わたし達は『歴史的アイテムの収集家』と自負しています。この品々は再び輝き、オーナーに笑顔をもたらす日を待っているのです」とジム氏は説明する。
コロナ禍直前に訪れた筆者は、約1000台もの希少パーツカーやレストア候補車両が並ぶ驚異的なヤードを散策し、楽しい午後を過ごした。古いものは約80年前の製造だが、大半は1950~60年代の乗用車やトラックだ。特に注目すべきは、ナッシュ車、とりわけメトロポリタンが多いことである。
キャデラック(1948年)
アイダホ州マウンテンホームの町は、オーバーランド・ステージ・ライン社の郵便局が置かれたのが始まりで、19世紀末に鉄道が敷設されて発展した。現在では1万2千人以上が住む都市となり、今も成長を続けている。
幸い、ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブは市街地から十分に離れているため、都市の拡大に飲み込まれることはなかった。他の多くの廃車置き場が閉鎖に追い込まれたのは、まさにこの都市拡大が原因だ。筆者が見つけた車両の大半は、この1948年式キャデラックのように部品取り用だった。
リンカーン・タウンカー(1978年)
アイダホ州南部の気候は鋼板に優しい。そのため40エーカーの敷地には錆びていないクルマが数多く点在していた。この1978年式リンカーン・コンチネンタル・タウンカーはプロジェクトカーと呼ばれるレストア向けの車両で、錆はほとんど見られなかった。
悪名高い5マイルバンパーを含めると全長は5.9mに達する。フォードが生産したクルマの中でも最長クラスの1台だ。
ナッシュ・メトロポリタン
ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブを後にした時、筆者はナッシュ・メトロポリタンの絵柄がプリントされた野球帽をかぶっていた。ここは英国製のメトロポリタンと切っても切れない関係にあるからだ。訪問中、さまざまなコンディションの同車を複数台確認できた。
クロスリー(1948年)
ナッシュ・メトロポリタンと同様、小型のクロスリーも驚くほど高い現存率を誇る。おそらく、物珍しさが理由だろう。多くは派手な色に塗り替えられ、廃車置き場の外の台座に高く掲げられ、通り過ぎるドライバーへの広告として生涯を終えている。しかしこの1台は、そのような最期を遂げることなく、ある程度の尊厳を持って引退を許されていた。
クロスリーはオハイオ州シンシナティに本拠を置き、1939年から1952年にかけてマイクロカーを合計2万3489台販売した。このステーションワゴンは1948年製と思われる。
フォード・ファルコン(1959年)
正面から見ればフォード・ファルコンと即座に判別できるが、後部は様子が違う。残っている部分がほとんどないのだ。元の半分の大きさとはいえ、まだ使える部品は十分に残っている。
おそらく1959年、つまり生産開始年のモデルだろう。北米でフォードが販売した初のコンパクトカーだ。
リンカーン・コンチネンタル(1972年)
初代リンカーン・コンチネンタルは、当時の欧州車と共通するデザイン要素(トランク後部にスペアタイヤを配置するなど)からその名が付けられた。ただし、この1972年式コンチネンタル・マークIVが出荷された頃には、本物のスペアタイヤではなく形だけのフェイクデザインに変更されていた。実際のスペアタイヤは、座席後方のトランク内に設置されているのだ。
オールズモビル・ナインティエイト・リムジン(1961年)
どこを探しても、1961年式オールズモビル・ナインティエイトの8人乗りリムジンを見つけるのは至難の業だ。この超希少な個体はコトナー・ベビントン社製で、長い時を経ても良好な状態を保っている。ボディは曲がっておらず、駆動系は完全、内装もなかなか良い状態だ。
その希少性は価格に反映されておらず、3500ドル(約53万円)の値札が付いていることに驚いた。今ではとっくに売れてしまったに違いない。
クライスラー・ウィンザー(1960年)
この印象的なテールフィンはいかがだろう? 運転席ドアから始まり、リアへ向かうにつれて徐々に高くなり、見事なクレッシェンドを描いている。これは1960年式クライスラー・ウィンザー4ドア・セダンのものだ。
ウィンザーは計4万1158台が販売され、クライスラーの年間総生産台数の50%以上を占めた。
ナッシュ・ステーツマン(1952年)
1952年式ナッシュ・ステーツマン・カスタム4ドア・セダンは、スピードを追求して作られたクルマではない。最高出力88psの3.2L直列6気筒エンジンを搭載し、100km/h加速には19.7秒を要した。1/4マイル(400m)には約22秒かかり、最高速度はわずか124km/hだった。この個体は数十年間、一度も走行していない。
ビュイック(1941年)
このビュイック・エイトのリアフェンダーは、誰かが一度外したものの、結局元に戻したようだ。おそらく修理に費用がかかりすぎたか、あるいは手間がかかりすぎると判断したのだろう。
表面の錆は確かに目立つが、構造的には非常に頑丈なクルマだ。実際、生産から80年以上も経っているとは信じがたい状態だった。もちろん、これはアイダホ州が冬に道路に塩を撒かないことも大きく関係している。
リンカーン・コンチネンタル(1968年)
エルウッド・エンゲル氏がデザインした4代目リンカーン・コンチネンタル(1961年~1969年)は発売時に高く評価され、工業デザイン協会から銅賞も受賞した。その特徴の1つが逆ヒンジドアだった。この設計は自動車デザインの黎明期には一般的だったが、コンチネンタルの発売時には珍しいものとなっていた。
この個体は1968年式4ドア・セダンで、当時の価格は5970ドルだった。リンカーン販売台数3万9134台のうち75%を占める最も人気のあるモデルであった。
ダッジ・ダート(1968年)
ナンバープレートから判断すると、この1968年式ダッジ・ダート4ドア・セダンは、それほど長く道路を走っていなかったようだ。軽い追突事故に遭った様子で、テールランプが破損し、リアフェンダーとトランクリッドにへこみが生じている。それがここに持ち運ばれた理由なのかもしれない。オーナーは処分前にラジオのアンテナすら外そうとしなかった。
キャデラック・クーペ・ドゥビル(1970年)
1970年は3代目キャデラック・クーペ・ドゥビルの生産最終年であり、おそらく最も優雅なモデルと言えるだろう。消費者はその外観と特徴的なV字型グリルを高く評価した。販売台数7万6043台という数字がその人気を物語っている。
オールズモビル・ナインティエイト(1970年)
アイダホ州の気候はこの1970年式オールズモビル・ナインティエイトの鋼板には優しいが、ビニールルーフには容赦がないらしい。オールズモビルは1970年に63万3981台を販売したが、この種の2ドア・ホリデークーペはわずか2万1111台だった。
FWD SU-COE(1944年)
この1944年式 FWD SU-COEは、フォー・ホイール・ドライブ・オート・カンパニー(FWD)が米国陸軍兵器局向けに開発した四輪駆動の6トン積トラックで、生産台数は2700台。悪路での重荷輸送が可能で、第二次世界大戦中に欧州戦線で実戦投入された。この個体には屋根に機関銃砲塔用の穴が開いている。
駆動系、グリル、ボディに欠損はあるが、レストア候補としては興味深く、3500ドル(約53万円)という提示価格は妥当だと思われる。
テムズ・フレイター800
筆者は30年以上にわたって米国の廃車置き場を巡ってきたが、フォード・テムズのバンを発見したのはこれが初めてだ。1957年から1965年にかけて英国で生産され、パネルバン、ピックアップトラック、ミニバンの各種ボディが用意されていた。販売は好調で、エセックス州ダゲナムのフォード工場からは、輸出モデルであるテムズ800やテムズ・フレイターを含め18万7千台が出荷された。
ジム・ハインズ氏は、この個体(手作り木製バンパー付き)はマウンテンホームの町で稼働していたものだと説明してくれた。すでに英国人コレクターの注目を引いており、取引成立間近だと彼は確信していた。テムズは確かにフォードが扱った中でも特に知名度が低いモデルの1つである。
ナッシュ・アンバサダー・スーパー(1956年)
この見事な1956年式ナッシュ・アンバサダー・スーパー4ドア・セダンは、磨きをかけてバックランプを交換すれば、すぐにでも走行可能に見える。もちろん実際にはそれ以上の作業が必要だろう。そうでなければ、そもそもジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブに持ち込まれることもなかったはずだ。
リアのディーラーバッジによれば、新車時、現在の保管場所から約800km北にあるスポケーンのホレンバック・モーターズという店で販売されたようだ。
ビュイック・リビエラ(1972年)
このリビエラは3代目モデルで、コルベット・スティングレイに着想を得たボートテールスタイルが特徴だ。運転席側のドアの窓を誰かがわざわざ閉めておいてくれたのはありがたい。何しろ、アイダホのこの地域は冬が厳しいから……。
ポンティアック・スターチーフ(1963年)
この1963年式ポンティアック・スターチーフの4ドア・ハードトップは、ヘッドランプがすべて外れている。ただし、そのうちの2つは目の前に落ちているようだ。
スターチーフという名称はわずか13年間(1954年から1966年)しか存続しなかったが、その間に6世代が入れ代わり立ち代わり登場した。この5代目モデルのCピラーに輝く3つのクロームスターに注目。これはカタリナとの差別化ポイントだった。
(翻訳者注:この記事は「後編」に続きます。)
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