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「NSXでレースをすべき」暗礁に乗り上げた第1期ホンダNSX-GTプロジェクトを救った高橋国光の直訴

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「NSXでレースをすべき」暗礁に乗り上げた第1期ホンダNSX-GTプロジェクトを救った高橋国光の直訴

 不世出のレーサー、高橋国光のレースキャリアと愛機たちを特集したauto sport特別編集『国光THE RACER』。その制作にあたって行なったさまざまな取材で得た証言には、高橋国光に直接関係しないことであるため本に収めなかったものが多数ある。そうした証言をもとに構成した逸話をご紹介する。今回は第1期ホンダNSX-GTプロジェクトの内幕を綴る。

* * * * * * * * *

今だから際立つ美しさと存在感。1995年ル・マン24時間クラス優勝を飾ったホンダNSX-GT2

 1990年9月、ホンダは初代NSXを発売した。それは同社初の3リッター級スポーツカーであった。このクルマを競技車両として独自に製作し、サーキットレースやジムカーナなどに持ち込んでいくプライベーターが相次いだ。しかし、当のホンダが動くことはなかった。当時の同社は、NSXを使ったモータースポーツ活動を自ら行なう考えを持っていなかったからだ。

 そうしたホンダの姿勢に疑問を抱き、声を発したのが、かつては同社の社員ライダーとなって二輪世界グランプリロードレースに出場していた高橋国光だった。自らの名を冠したチームクニミツ(1992年に設立。当時の表記はチーム国光)の1993年N1耐久シリーズへのプレリュードによる参戦を通して、国光はモータースポーツ活動においておよそ30年ぶりにホンダとの直接的な関わりを持つようになったところであった。

「せっかく日本を代表するスポーツカーを作ったのだから、これを使ってレースをやるべき」と国光はホンダに訴えたという。NSXの発売から3年ほど経った1993年の秋のことだ。このときのことを彼は『国光 THE RACER』のための取材において次のように語ってくれた。

「もったいないなぁ、と僕は思ったんです。それでホンダの人たちに会って、せめて国内のレースでもNSXでやってもらいたいなぁという気持ちを話していったんです。そもそもホンダの中にはモータースポーツが好きな人がたくさんいるわけですから」

 国光の訴えを受けたそのとき、ホンダの内部でもNSXをGTレースで走らせる検討が実は進んでいた。首謀者は「ハシケン」の愛称で知られた橋本健。ホンダの四輪車開発を担う栃木研究所の走行実験担当部署のリーダーで、初代NSXの走行性能を決定づける役割を担った男だ。

 ニュルブルクリンク北コースの徹底的な走り込みによってNSXの量産スポーツカーとしての走行性能を極めてみせた橋本の視線は、自然にレースへと向けられていった。彼はレース屋ではなく、技術屋であった。自分たちの技術やアイデアが高いレベルの競争の中でどれだけ通用するものであるのか。それを測ることを彼はかねてより望んでいた。レースはその格好のフィールドであった。

 NSXで挑むレースとして橋本はル・マン24時間を想定した。同レースの主催者であるACO(西部自動車クラブ)の1993年7月の発表内容では、翌1994年のル・マンは市販スポーツカーをベースとしたGTレーシングカーを主役とすることがうたわれていた。NSXが量産車としての素性を保ったまま、レースでどこまで戦えるのかを見るにはうってつけと思われた。

 そんなことを考えていた橋本のところに「NSXを使ってレースをやるべきだ」との訴えを持ってやって来たのが国光だったわけである。尊敬するホンダの大先輩の考えを聞いた橋本は、ホンダのモータースポーツ部を入れて検討を進めていった。

「やるべし」というのが各人の基本的な了解であった。しかしそれに「ダメだ」と言ってきた会社のトップがいた。当時のホンダの代表取締役社長、川本信彦である。「たった3リッターのNSXで世界のスポーツカーに勝てるわけがない。端から勝てないようなみっともないことは、やるんじゃねぇ」と川本は言うのだった。

 社長がダメと言うのだからダメだ……とはならないのがハシケンという男であった。研究という名目のもとエンジン開発を続けさせた。しかし、その状態のままではレースに出て行くことはできない。泣く子も黙らせたハシケンでも打開し切れぬ一線があった。

 そこで再び国光が動いた。彼は、自分が二輪世界GPライダーであった時代のホンダのチーム監督であり生涯の恩師である河島喜好に直訴したのだ。河島は本田宗一郎の跡を継いだホンダの二代目社長。四代目社長であった川本には頭が上がらぬ存在だったが、そんな河島のもとを直接訪ねて話すことができるのは国光くらいのものであった。

 国光は、当時チームクニミツに在籍していた土屋圭市をともなって河島のもとへ出向いた。そのときの知られざるエピソードを土屋が語ってくれた。

「川本さんはダメだって言った。そしたら国さんが『圭ちゃん、カワさんのところへ行こう』って言うのよ。でも、俺なんかハテナマーク。『誰よ、カワさんって?』って。だって、まさか河島最高顧問のことだって思わないから」

「国さんは河島さんを見事に説得した。すると河島さんは『NSXのレースプロジェクトをハシケンとアリサワ(有澤徹。当時のホンダの四輪営業企画室長)でやれ。そのことは川本には言わなくていい』と言って決めてしまわれた。本当のトップからドーンと一発で決定が下った。そういう後ろ盾があったから、ハシケンさんは自由に動くことができたわけ」

 1993年7月のACOによる1994年ル・マン24時間レギュレーション発表から2カ月後、一旦は暗礁に乗り上げたように思われたNSX-GTの開発と1994年ル・マンへの参戦が正式なプロジェクトとしてホンダの社内で承認され予算が下りた。つまり、社長であった川本も了承したわけである。大親分の河島が「いい」と言ってくれたことで、もとよりレース好きであり根っからの技術屋である川本は、今度は「やっちゃえ、やっちゃえ」と言って橋本を焚きつけたのだった。

 そして当の橋本は、プロジェクトを救ってくれた恩人の国光に、「国さん、NSXでGTレースをやってみたいよ。国内のGTもやるし、ル・マンもやるよ」と告げた。これを第1期とするNSX-GTプロジェクトはかくして走り始めたのである。

 国光は「僕はすごくうれしかった。ホンダが市販のスポーツカーを使ったレースに手を出してくれたことがすごくうれしかったの」と語っている。

 もっとも、第1期NSX-GTプロジェクトの戦いぶりや成績は惨憺たるものだった。プロジェクトのスタートから10カ月もないところで迎えた1994年のル・マン24時間にはGT2クラスに3台のNSX-GT2を送り込むも、実にさまざまなトラブルを出し、完走車がわずか18台だったレースで14位、16位、そして最下位の18位に。

 明くる1995年大会では上位カテゴリーのGT1クラスにターボエンジン車とNAエンジン車の2台を投入したが、ターボ車は早々にリタイア、NA車もトラブル三昧による周回数不足で完走扱いにならなかった。また、GT2クラスにも2台を送ったが、1台は予備予選落ちを喫してしまった。

 そうした中で唯一の救いが、1995年大会のGT2クラスに出場したチームクニミツのホンダNSX-GT2だった。ノバ・エンジニアリングがメンテナンスを担当した同車は、いくつもの障害をしたたかに乗り越え、大幅な追い上げを実らせてトップでフィニッシュ。高橋国光/土屋圭市/飯田章のトリオは、日本人のみのドライバー編成によるル・マン24時間GT2クラス初優勝という栄冠をつかんだのであった。

 1995年大会のGT1クラスにターボ車とNA車の2本立てで挑んだところが象徴するように、第1期NSX-GTプロジェクトがレースにおいて最も強く追求したものは成績ではなかった。レース屋ではなく技術屋のハシケンこと橋本健が率いた一派は、最高峰のレースに挑むことで自分たちの技術レベルを測ることを何より望んだのだ。

 しかし、レースファンはそんな事情など知る由もない。ル・マンに挑んできたホンダにファンが期待したものは、彼らがF1で見せてきたものと同等の“強さ”や“速さ”以外になかった。そうした視点からすれば、第1期NSX-GTプロジェクトは期待外れも甚だしいものであり、そこにおける唯一にして最大の救いが、このときのホンダにとっては本命ではなかったGT2クラスにおけるチームクニミツの優勝であったのだ。

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 autosport特別編集『国光 THE RACER』は好評発売中。電子書籍版は、本誌に掲載した写真を抜粋して32ページのフォトギャラリーを収めた特別バージョン『国光THE RACERーEbook special edition 電子版』として配信中だ。それぞれの詳細は下記のリンクから確認してほしい。

auto sport特別編集『国光THE RACER』:https://www.sun-a.com/magazine/detail.php?pid=12155
auto sport特別編集『国光THE RACERーEbook special edition 電子版』:https://www.as-books.jp/books/info.php?no=ASS20210121

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みんなのコメント

3件
  • 国さん、そしてハシケンさんのおかげでホンダの市販車レースを楽しく観ることができました。今でもチーム国光としてNSX走らせてくださりありがとうございます。目指せ、チャンピオン奪還!
  • ホンダのレース史には2輪、4輪どちらにも高橋国光さんのご活躍を抜きには語れない伝説の方ですし、監督としても素晴らしい存在です。是非これからもモータースポーツの啓蒙を含めて末永く更なるご活躍を拝観出来る事を願っております。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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