海外有識者が現地からお届けする、アストンマーティン・ホンダのF1活動を観察し、分析する連載コラム。
2026年、アストンマーティンF1チームとホンダはワークスパートナーシップの下で参戦、新たな時代へと踏み出した。ホンダはパワーユニット(PU)マニュファクチャラーとしての活動を再開、チームは天才デザイナー、エイドリアン・ニューウェイの獲得にも成功し、F1での成功を目指す上で強力な基礎を築いた形だ。しかし、今年一新された技術規則の下で、アストンマーティン・ホンダは厳しい状況に陥っている。
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かつてF1チームでテクニカルディレクターの役割を担い、現在は解説者を務めるアンドリュー・ギャリソン氏が、アストンマーティン・ホンダの状況と動向を分析する。
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F1ハンガリーGPは、ホンダの立場からすれば、「だから言っただろう」と言いたくなる瞬間だったのではないだろうか。当初、エイドリアン・ニューウェイらは、「アストンマーティン最大の問題はパワーユニットだ」と示唆し、振動、デプロイメント、信頼性、パワー不足などについて不満を口にした。メルボルンでニューウェイは、「自分たちのシャシーはトップクラスに匹敵する。少なくともグリッドで5番目に優れたシャシーだ」とまで主張した。
■アップグレード版AMR26がもたらした改善
それから数カ月の時が流れた。ハンガリーGPで示された数字は、当初のニューウェイの発言とは全く異なる現実を映し出した。ハンガリーでは、ほぼ全面的に刷新された新型シャシーが導入されたが、ホンダはパワーユニットを一切変更していない。
予選Q1でフェルナンド・アロンソは、キャデラック勢の速い方バルテリ・ボッタスを0.760秒上回った。そのわずか1週間前のベルギーGP予選では、それぞれチームメイトより速かったアロンソとボッタスを比較すると、アロンソは2.179秒遅かった。つまり、単純計算で、実に2.9秒もの改善を果たしたことになる。
もちろんハンガロリンクはスパほどエネルギー回生が厳しいサーキットではない。一方で全長が短く、ラップタイムはスパより約30秒速い。しかし、比較をさらに行うと、アップデートが進められていないアルピーヌのピエール・ガスリーを対象にすると、アストンマーティンはスパのQ1では3.323秒遅れていたのが、ハンガロリンクQ2では0.964秒差にまで縮めた。つまり約2.3秒もの改善である。
繰り返し強調したい。これはすべて、シャシーが大幅に良くなった結果であり、パワーユニット側の進歩によるものではない。
もちろん、だからといってホンダのパワーユニットがトップレベルと肩を並べていると言っているわけではない。実際には、まだそこには程遠いし、ホンダ自身も、その事実を率直かつ謙虚に認めている。現時点ではアウディにも後れを取っており、ましてやメルセデスにははるかに及ばない。
実際、ハンガリーのQ1でアロンソはランド・ノリス(マクラーレン)のトップタイムから1.849秒遅れていた。そしてQ2でメルセデス製パワーユニット勢が本来の性能を解放すると、その差は2.352秒にまで広がった。この数字は、現実を突きつける厳しいものと言わざるを得ない。
■2秒の改善が示す真実
ザントフォールトでホンダが投入する改良型パワーユニットによって、アストンマーティンが1周あたりさらに2秒、いや1秒であっても速くなるなど考えられない。エンジンの性能向上は、F1マシンのメカニカル面や空力面の改良よりも、はるかに難しいからだ。
それでも私は、約0.5秒程度の改善は期待している。その程度向上すれば、アロンソはどのサーキットでもQ2進出争いに加わることができるだろうし、さらに運が味方すれば、シーズン終了までに一度くらいはQ3進出を果たす可能性もあるかもしれない。
ハンガロリンクで明らかになったのは、アストンマーティンがようやくまともなシャシーを手に入れたということだ。それによって、ホンダのパワーユニットと共に、中団グループで戦えるようになった。
予選ではアロンソはキャデラックの2台、ウイリアムズの2台を上回った。決勝ではウイリアムズ勢に加えて、ハース2台とアルピーヌのフランコ・コラピントを下している。つまり7人のライバルより速かったことになる。ベルギーGPまでは、ランス・ストロールと最下位争いをしていたのとは、大きな違いだ。
ハンガリー決勝でアロンソは、セーフティカーあるいはバーチャルセーフティカー(VSC)が絶好のタイミングで導入され、効率的にピットストップを行うことで、ポイント圏内へ浮上できることを期待し、ソフトタイヤで実にレースの半分に相当する34周を走り続けた。しかし、この戦略は最終結果を犠牲にすることになった。通常の戦略を採っていれば、ガスリーとも十分に戦えただろう。
その後、終盤のVSCを利用して再びタイヤ交換を行い、アロンソはレースでは9番手のファステストラップを記録した。シャルル・ルクレールが全開アタックで記録したベストタイムよりはなお1.679秒遅かったが、それでも、進歩は明らかだ。
どう見ても、今回のシャシー改良による効果は最低でも1周あたり2秒に達しており、その功績はすべてニューウェイにある。
その進歩は称賛に値する。しかし同時に、シーズン開幕時にはどうしようもない駄作としか言いようのないマシンを作ってしまい、その事実を認めるまでに数カ月も要したことも指摘しなければならない。そしてその過程で、ホンダとの関係にも深刻な悪影響を及ぼした。
以前にも書いたが、もう一度繰り返しておこう。シーズン中にマシンを全面的に作り直さなければならないということは、最初のマシンの出来が極めて悪かったという証拠である。そして数字は嘘をつかない。初期仕様のAMR26は、まさに駄作だったのである。
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筆者アンドリュー・ギャリソンについて
パドックでアンドリュー・ギャリソン(仮名)の姿を見逃すことはまずない。身長1メートル90センチ、体重120キロという巨躯を持つアイルランド出身のギャリソンは、モータースポーツ界で広く愛されるベテランであり、あらゆる仕事を経験し、あらゆる人物と仕事をしてきた。彼は、物事を分析するやり方に、きわめて独特なスタイルを持っている。ギャリソンにとって、物事は「正しい」か「間違っている」かのどちらかであり、その中間は存在しない。
彼はレーシングカーについてあらゆることを語ることができる。なぜなら、実際にそれに関連するすべてを経験してきたからだ。10代のころからレーシングメカニックとして働き始めたギャリソンは、20歳になる前に見習いメカニックとしてF1の世界に足を踏み入れた。しかし、そのわずか2カ月後には、下位カテゴリーのレースでチーフメカニックを任され、チームトラックのドライバーも兼ねながら、地元のスーパーマーケットでサンドイッチを買い出しする係まで担当するようになった。
やがて彼はチームのナンバーワン・メカニックに就任、実践的なアイデアが次々と採用されたことでデザインチームにも加わった。これが契機となり、やがて彼は、自身でシャシーを設計して出場する下位フォーミュラで活動するようになる。
約10年間、自らのチームを運営し、他チームのエンジニアリングを手伝い、トップデザイナーたちの失敗も間近で見てきた後、ギャリソンはテクニカルディレクターとしてF1へ復帰。引退の時を迎えるまで、その職を務め続けた。
声が大きく、歯に衣着せぬ物言いのギャリソンは、今もかつての部下たちに静かな畏怖の念を抱かせる存在だ。彼らの中には、いまやテクニカルディレクターやチーム代表になっている者もいるが、誰もが今もなお、ギャリソンに一目置いている。
本人は新しいテクノロジーには少々ついていけなくなったと率直に認めているが、基礎に関する知識は深いため、今は、技術面だけでなく人間関係の問題についても語れる解説者として、高く評価されている。
[オートスポーツweb 2026年08月04日]
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