環境理念と経済的生存
欧州がエンジン車禁止方針を修正し、米国もトランプ政権になり電気自動車(EV)重視政策が転換された。一方で、タイやインドネシアではEV/プラグインハイブリッド車(PHV)の普及率が高くなっている。タイの経時変化を見ると、新車登録でEVは2023年6月で9%、2024年6月で10.18%、2025年6月に24.79%とかなり増えている。
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タイでは新車登録乗用車の4台に1台がEVになっている。タイでは比亜迪(BYD)をはじめ中国勢による電動系車両の生産が本格化している。PHVも2025年9月時点で前年同月比6.3倍と大幅な伸びを見せる。インドネシアでも2025年上半期累計で3.6万台強の新車EVが販売され、前年比2.7倍となった。吉利汽車(Geely)が、PHV「スターレイEM-i」の生産をインドネシアで開始する動きも出て電動系車両へ着実にシフトしている。
低公害車両について、欧米は「環境負荷」を議論の軸に置く。対して東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国は、ガソリン価格の
「ボラティリティ(価格変動性。値動きの激しさや変動幅の大きさを表し、数値が大きい程リスクが高いとみなす)」
から逃れるための「エネルギー自給」を軸に据えており対立構造が見える。石油輸入コストが経常収支を圧迫する国々にとって電動化は環境対策ではなく、国家の経済的生存をかけた通貨防衛策になっている。
石油供給の遮断リスクと電池供給網の依存リスク
エネルギー問題については、中東情勢の緊迫化にともなう化石燃料の物理的な遮断リスクがある。一方で、中国が主導する鉱物資源・電池生産の構造的依存リスクがある。
中国は過去10年以上に亘る国家的かつ戦略的な取り組みの成果として、世界のEVバッテリー市場で圧倒的な地位を確立した。強力なEVバッテリーのサプライチェーンを構築し、世界のEV用バッテリー生産界で中国企業は2021年時点でバッテリーセル製造の約80%を占める迄に成長した。欧米諸国は中国の後塵を拝している。最早中国と敵対することは、EVの普及の大きな阻害要因になりうる状況だ。こうしてガソリン車とEVのいずれにもエネルギーのリスクが存在する訳だ。
既存の石油流通インフラの維持コストが20%程度は上昇しており、ガソリンスタンドのタンク更新にも高いコストがかかる。この状況では、分散型電源と直結可能な小型電動移動体が地方部の生活圏を守る上で、実用的に優位性を持つ。特定の国に資源を依存する脆さを抱えつつも、現地生産および技術移転をセットで提案可能な中国勢の
「供給網の現地化戦略」
は新興国の産業政策を惹きつける効果的なメカニズムともなる。
垂直統合型と水平分業型
日本は、トヨタ自動車をはじめ「全方位戦略」をとり、開発資源の分散を軸に地政学リスクへ柔軟に対応しようと努力している。一方中国では、メーカーが
「基幹部品の共通化とソフトウェア知財の開放」
を狙いとして、EV量産効率化に注力する。しかもBYDのようにEVの要であるバッテリーをはじめ内製化に努めている。圧倒的な差異があるが、BYDがEVを世界で最も売るメーカーに躍り出ているのは厳然とした事実だ。従前の様な車両単体の販売に固執する旧来のビジネスモデルはいずれ弱体化するだろう。車両だけでなく、
・充電インフラ
・決済
・都市管理OS
までをパッケージで輸出しようとする「プラットフォーム競争」の激化の時代になろう。途上国を巻き込んだ激しい競争が間近に見える。開発から市場投入迄の期間を20%短縮する中国のモジュール化技術が、多様化する新興国の都市形態に最適化した車種を次々と生み出すスピード感につながる筈だ。
石橋を叩きすぎる日本は「周回遅れ」になってしまうのである。
顧客体験の変化
EVにより自動車から得られる顧客価値も当然変化する。
EVならではの加速性能や静粛性、さらには「動く蓄電池」としての災害時を想定した給電機能等が、電力供給が不安定な地域でスマートフォンのように生活に不可欠な道具として機能出来るようになっている。
中国勢は、EV推進で従来のディーラー網による複雑なメンテナンスをカットして、主要部品の交換で長く乗り続けられる操作性と維持の簡便さを世界にもたらそうとしている。
併せて、中国勢はBYDのように車種展開にも積極的である。EVバスおよびトラックが公共交通に導入されることで、乗員が日々体験する
「振動の少なさと騒音の低減」
が、電動化への心理的障壁を一気に崩す波及効果をもたらす。欧米でのEV消極化の裏で中国勢はEVをブランド品から実益の品に変えて世界を着実に拡げているのだ。EV販売の量だけでなく、生活の質の変容にも中国勢は影響を与えている。
技術の優位性 or 規格の支配力
世界各国は、自前主義を貫きながらEVのハードウェアとソフトウェアでの勝負を続ける中国由来の知財ライセンスを仰がざるを得なくなる「産業の空洞化」をリスクとして推計して、意識せざるを得なくなる可能性がある。
2025年のジャパンモビリティショーでは、BYDが日本の都市地域構造も意識したラッコ(軽EV)を発表し、一方ではEVバスのラインナップも魅せている。さまざまな都市の暮らしのシーンを意識したEVの車種展開を始めているのが明らかとなった。
今後は、EVに可能性を感じるASEANを試標としながら、都市構造や生活者のエネルギーコストへの最適解になる
「特定の用途別のEV開発」
が、さらに注目を集めるだろう。テスラの凋落傾向及びBYDの上昇傾向を見れば、すでにその傾向が出始めている。走行環境や生活環境にフィットするEVを世界中にどう波及させるのか。その陣地をどこが先に確保するかという生存競争に突入するだろう。
プロダクトだけでなく、車のあるよりよい生活を描く上ではエンジン車よりEVに分がある。5年後、10年後の世界の自動車市場は、エンジンの洗練度だけで語れるだろうか。また、変わり得る生活シーンまでを包括的に描けるだろうか。生活や環境の変化、顧客価値の変化も描きやすいEVの存在をメーカーはどう位置付けるか。これが重要な問いである。
欧米のEV逆風を“追い風”と見誤るのには危うさを感じる。タイ・インドネシアの牙城を揺るがす中国メーカーの実利戦略とその展開コンセプト、欧州での規制緩和に安堵する国内の空気には警鐘を鳴らしたい。
日本のメーカーにとって真の主戦場である新興国(タイ、インドネシア等)では、欧米の政策動向とは無関係に、安価で実用的なEV/PHVへのシフトが着実に進んでいるのである。
「欧州が失速すれば日本は安泰」
という雰囲気は絶対的によくない。中国メーカーのEVによる世界展開が、生活者とその実益に食い込めていることを忘れてはならない。読者の皆さんにも、上述の世界情勢下での日本メーカーの針路を考えてほしい。
欧米の政策転換が示す産業構造の脱皮
欧米における規制の揺らぎや政策の転換は、巨大な産業構造が脱皮する際に生じる一時的な摩擦に過ぎない。日本国内に漂う“追い風”という名の楽観論は、変化の激流から目を逸らすための自己弁護であり、極めて危うい思考停止だ。
本稿で詳述したとおり、ASEANをはじめとする新興国が突き進む電動化の背景にあるのは、国家の命運を左右するエネルギー自給と外貨防衛という計算である。この生存本能に根ざした潮流は、先進国の政治的な駆け引きによって左右されるほど脆弱なものではない。
2026年という現在地において、自動車産業の勝敗を分ける基準は、プロダクトの完成度からエコシステムの支配力へと完全に移行した。どれほど精緻なハードウェアを組み上げたとしても、その根幹を支えるソフトウェアや通信規格、さらには電力管理の知財を他者に握られていれば、それは知財という名の
「目に見えない税」
を永遠に徴収され続ける装置に成り下がる。日本のメーカーが誇る技術力という「肉体」は、中国勢が構築するプラットフォームという「神経系」なしには機能し得ない、構造的な隷属状態に追い込まれつつある。
私たちが今直視すべきは、エンジンのうなりに郷愁を感じることではなく、都市のインフラそのものが中国規格の知財で上書きされていく現実である。ハードウェアの品質で勝りながら、規格の支配によって市場を喪失したかつての電子産業の轍を、再び踏むことは許されない。自動車が単独の移動体であることを止め、都市OSの末端デバイスへと変質するなかで、日本が守るべきは価値の源泉である情報の主導権である。
欧米の動向を安堵の材料にするのではなく、新興国の牙城で進行する知財侵食を自国の存亡に関わる危機と捉え、戦略を根本から組み直すこと。それが、この不可逆な変革期において日本の基幹産業が生き残るための、唯一の選択肢である。(近澤眞吉(モータージャーナリスト))
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みんなのコメント
要は、BEVには不都合多すぎ、使い物にならない。
そもそも、欧州が、とか中国が、ではなくて現状ではエンジン車やHVに太刀打ちできないのは当たり前。
ただいきなり100%EVに舵を切っても無理だということが分かったのでしょう。
インフラ整備も整ってないのにやるからいけない。
国によって速度は変る。