年齢を重ねるにつれ、若い頃のようにクルマやバイクに没頭できる時間は、少なくなっていく。何十年も同じ熱量のまま愛し続けることは、きっと難しいのだろう。けれど、これまで注いできた情熱を、ただ静かに減らしていくのはあまりにも惜しい。いま一度立ち止まり、クルマやバイクを好きでいるということの意味を考えてみたい。
肴は、あぶったイカでいい
文・夢野忠則 写真提供・APIO
お酒は、ぬるめの燗がいい……肴は、あぶったイカでいい……歳をとると、こんなセリフがしみじみと沁みるようになる。
小料理屋で「肴は何にします?」なんて倍賞千恵子みたいな女将に訊かれて、「あぶったイカでいい」と高倉健みたいなオヤジがぼそりとつぶやく。あぶった「イカが」ではなく「イカで」いいのである。人生の荒波をいくつも乗り越えてきた男にとって、酒の肴はそれで十分なのだ。
「イカが」と「イカで」は、どう違うのだろう。たとえば、「ランチは蕎麦がいい」と言えば主体的で前向きな姿勢が感じられるけど、「蕎麦でいいや」と言ってしまうと、どうも人まかせで投げやりな印象がある。なんでもいい、みたいな。夫婦間でその使い方を間違えるとモメごとに発展したりする。
クルマ好きはクルマに対して常に主体的で前向きだから、あのオープンカーがいい、このスポーツカーがいいと「が」ばかり(バイク好きもきっとそうだろう)。どうも我が強い。自分もそうだった。プリウスでいい、と投げやるわけにはいかなかった。
さて、ここで問題。では、健さんが「肴はあぶったイカでいい」とつぶやいても投げやりな印象にならないのは、なぜでしょう?
答えは、肴を注文する前のひと言にある。健さんは、まず「お酒はぬるめの燗がいい」と言う。酒はぬるめの燗でなければならぬ、と主体的に前向きにきっぱりと。つまり「ぬるめの日本酒があるなら、肴はあぶったイカでいい」とおっしゃっているわけです。健さんには確固たる信念があってそこは曲げず、だからそれ以外の、この場合の肴は好みにさえ合うなら、たいした問題ではないのである。ハムカツがいい、卵焼きもいいな、なんて言わない。
「ぬるめの燗が」と告げずに「あぶったイカで」と言えば投げやりに聞える。「ぬるめの燗が」あればこそ「あぶったイカでいい」と言えるのだ。さて、2問目。あなたは言えますか? クルマはコレが、ではなくコレでいいと健さんみたいに。
還暦を過ぎて僕は言えるようになった。それがいいことなのかは、わからない。あのクルマ馬鹿が? と仲間たちは訝るが、クルマに対して投げやりになったわけでも諦めたわけでもない。好きなクルマへのこだわりは、昔も今も変わらない。ただ、自分もささやかな人生の波をいくつか乗り越えて、最近は思うのだ。クルマはジムニーシエラでいいじゃないかと。あ、ホントはGクラスがいいんだけどジムニーでいいやって話しではないので誤解なさらず。
歳を重ねて愛おしいのは、いつでも、どこへでも、どこまでも自由に走り出せる人生そのものだ。その時のクルマは、身の丈と好みに合っていればそれでいい。人生は自由がいい。肴はジムニーシエラで。もちろん、そう思えるのはシエラが旨い肴だからにちがいない。デザインに気恥ずかしさがなく、サイズも性能も自分にとっては必要にして十分。熟成された味わいは、まさにあぶったイカである。噛めば噛むほど、しみじみと。
これだから年寄りは、と笑うなかれ。たどり着いたらなんだか身も心も軽くなって、クルマとの暮らしを以前よりも楽しめている気がする。さぁ、3問目はもうおわかりですね。あなたにとっての「ぬるめの燗」は何ですか?
最後に、「が・で」問題で夫婦ゲンカにならぬよう経験者からアドバイスを。大切な連れ合いには、ずっと「キミがいい」と言い続けること。ランチは何でもいいよ、隣にキミがいてくれるなら。
夢野忠則/Tadanori Yumeno
1959年生まれ。「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語るエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。ポルシェ911、ユーノスロードスターなど国内外のクルマを多数乗り継ぐ。現在の愛車はジムニーシエラ。還暦を過ぎて大型自動二輪免許を取得し、トライアンフBonneville T120を所有する。
僕が僕であるために、オートバイという武器を持つ
文・河西啓介 写真・淵本智信
オートバイは、手放せない。理由は、たぶんひとつではない。
16歳で50ccのギア付きスポーツバイクを買ってからこれまで、20代のごく一時期を除いて、ずっとオートバイを所有してきた。今だって、ほとんど乗りはしないのに、ガレージには3台のバイクが収まっている。僕にとって「手元にバイクが在る」ということが大事なのだ。敬愛する尾崎 豊の曲のタイトルを借りるなら『僕が僕であるために』、バイクが必要なのである。これからもし病を患ってしまったり、体力が衰えて乗ることが難しくなったとしても、所有することが可能な限り、きっとバイクは手離さないだろう。バイクは僕の人生にとって欠かせないピースなのだ。
初めてバイクに乗り、それまで経験したことのないスピードに身を委ね、知らない街へと辿り着いたとき、自由への翼を手にした気がした。この機械に跨がれば何処にでも行けると思えた。以来、「バイクに乗っている」ということがアイデンティティとなり、どこかで自分を支えてくれていた。そもそもあのときバイクと出会ってなかったら、こうして文章を書いたり雑誌編集の仕事に就くこともなかっただろう。
かつてバイク雑誌『MOTO NAVI』で、アーティストの吉川晃司さんにインタビューをしたことがある。吉川さんは高校時代、アルバイトを掛け持ちして手に入れた黒いカワサキZ400GPに乗っていたという。インタビューの中で語った言葉が、今も印象に残っている。「あの頃の自分にとってバイクは〝反抗〟の象徴だった。世の中に対して持てる武器ってなんだろう? と考えたとき、エレキギターとバイクと革ジャン、この3つはどうしても欲しかった」 その後、吉川さんはまさに「ロック」を武器にして、世の中に斬り込んでいった。だが吉川さんの言葉は、ごく普通の学生、若者であった僕らにも重なる。
まだインターネットもSNSもない時代、多くの若者にとって音楽やバイクやファッションは、自分を主張するための〝武器〟だったのだと思う。今や「男らしさ」などというのは時代錯誤なのだろうが、あの頃、少年だった僕らはバイクに乗ることで「男」になった。もちろん女の子だって、バイクを乗りこなす「カッコいい大人の女」に憧れただろう。その本質は何かと考えるなら、バイク乗りとはインディペンデントな、独立した存在であるということだ。二輪という不安定な乗り物に、剥き出しの体で跨り、たった1人で走っていく。バイクに乗る者なら分かるはずだ。バイクは決して「ながら運転」ができない。走っている間は、バイクと自分自身に向き合わざるを得ない。その孤独でストイックな時間が僕らを1人の人間として、成長させてくれるのだ。
しかし、やがて世の中で安定したポジションを得ると、武器は必要なくなり、いつしか1人、2人とバイクを降りていく。そういう僕自身、バイクを所有してはいるけれど、たいして乗っていないのだから、上から目線で言えることではない。もちろん、「乗り続けたい」と思っても、体力面や社会的責任など、さまざまな理由で叶わなくなるときはある。
バイクはリスクの高い乗り物だ。個人差はあるが、ひと昔前は、せいぜい還暦あたりがライダーとしての寿命だと考えられていたのではないだろうか。だが人生そのものが長くなり、装備や環境も大きく変わった今なら、あと10年――70歳ぐらいまでは、じゅうぶん付き合っていけるのではないかと思える。僕はそのアディショナルタイムを楽しみたい。たとえ多くの時間でなくても、自分と向き合い、鉄馬を操ることで、もういちど自分の中の〝男〟を見つけてみたい。それは、残りの人生における自信と誇りをキープすることでもある。もし、あなたがかつてオートバイに乗っていたなら、人生のゴールへ向けて、ふたたび武器を持つのもいいだろう。これから僕らが戦う相手は、世の中ではなく、自分自身なのだから。
河西啓介/Keisuke Kawanishi
1967年生まれ。広告代理店を経て自動車雑誌『NAVI』編集記者に。2001年『MOTO NAVI』を創刊。2010年に出版社ボイス・パブリケーションを設立。2012年『NAVI CARS』を創刊。2019年よりフリーランスとして編集、執筆業に従事しながら音楽アーティストとしても各地でライブ活動を行っている。
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みんなのコメント
結婚前はST202セリカに乗っていましたが、結婚してからサイノスコンバーチブル、MR-S、プジョー206CC、コペンXPLAYとオープンカーにしています。
だって、オープンカーが好きですから。
結婚した当時、チャイルドシートが義務化されましたから、妻の車にチャイルドシートを付けて、家族で出かける時は妻の車でなければならなくなりました。その結果、私の車は通勤だけでしか使わなくなったので、2シーターでもオープンカーでもかまわなくなったからです。
休日家族で出かける時、妻の車のドライバーを私がしますから、妻も何も文句を言いませんでしたし、今、子供も独立しましたから、妻と二人だけで休日ドライブする時、コペンは最高ですね。
別にそれで何かと戦うつもりはないし、自分が高齢者の仲間入りをした事実も否定しない。
ただ、酒飲んでくだを巻いてるだけのつまらない爺ぃにはなりたくない…とは思う。