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自動車の「脱出用ハンマー」が標準装備されない根本理由――水没時で命を救えるのに、なぜ?

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自動車の「脱出用ハンマー」が標準装備されない根本理由――水没時で命を救えるのに、なぜ?

緊急脱出用ハンマーの必要性

 自動車が水没したり重大事故が起きたりした際、車内に閉じ込められるリスクは決して低くない。国土交通省が公表した資料によると、2019年の台風19号や2020年7月の豪雨で、車内の水没による死亡事故が相次いだ。こうした事態に備えて窓ガラスを割り脱出するための「緊急脱出用ハンマー」は命を守る重要なツールだ。

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 近年の緊急脱出用ハンマーは、窓ガラスを割るだけでなく、シートベルトカッター機能を備えた製品も多い。コンパクトで持ち運びやすいタイプや、力の弱い人でも使いやすいバネ式のモデルなど、多様な市販品が流通している。

 しかし、日本の自動車で緊急脱出用ハンマーが標準装備されている例はごくわずかだ。ディーラーオプションや純正アクセサリーとして用意されていることはあるが、メーカー純正の標準装備として採用される例はほとんどない。

 なぜこれほど重要な安全装備が標準装備化されないのか。その背景には複数の要因が複雑に絡み合っている。本記事では具体的なデータや現場の課題を交え、詳しく解説する。

ドアガラスの合わせガラス化

 緊急脱出用ハンマーが標準装備されにくい最大の理由のひとつに、近年増えている「合わせガラス」の存在がある。国民生活センターの調査によると、国内主要自動車メーカー8社のうち5社が、全車種の6.7~23.1%でドアガラスに合わせガラスを採用している。

 合わせガラスとは、2枚のガラスの間に樹脂フィルムを挟み込んだ構造である。割れにくく、万が一割れても飛散しにくいという安全性や防音性に優れている。しかし、この高い強度が裏目に出て、緊急脱出用ハンマーでも破砕が難しいという課題がある。

 国土交通省や国民生活センターのテストでも、合わせガラスは一般的なハンマーでは割れにくい場合があることが確認されている。そのため、メーカーは

「全車種にハンマーを標準装備しても、ガラスの仕様によっては役に立たない可能性がある」

というジレンマを抱えている。さらに、ハンマーを使った脱出法をユーザーに周知する際にも、「合わせガラスは割れない」という正しい知識を伝える必要がある。このため、装備の義務化や標準化が進みにくい現状がある。

保管場所・取り扱い・法的リスクの壁

 緊急脱出用ハンマーの標準装備化を妨げるもうひとつの要因は、車内での保管場所や取り扱いの難しさである。緊急時に素早く手に取れる場所に設置する必要があるが、実際にはグローブボックスや荷室など手の届きにくい場所に収納されることが多い。

 運転席のドアポケットやセンターコンソールなど、ドライバーがすぐにアクセスできる場所が理想的だ。しかし車種や内装デザインによってはスペースの確保が難しい場合もある。さらに、夏場には車内温度が70度を超えることもあり、プラスチック製の部品は高温で変形し、性能が低下する可能性もある。

 また、工具としてのハンマーを車内に常備している場合、緊急脱出用ハンマーが一般的な工具と外観が似ていると、状況によっては警察から用途を確認される可能性もある。

 こうした保管上の問題や法的リスクを考慮すると、メーカーは「標準装備」として全車種に搭載することに慎重にならざるを得ない。実際、市販されている緊急脱出用ハンマーはユーザーが任意で購入し、設置場所も各自で決めるケースがほとんどだ。

 加えて、緊急脱出用ハンマーの実際の使用頻度は極めて低い。2020年8月に国民生活センターが実施したアンケート調査によると、緊急脱出用ハンマーを実際に使用した人は自動車保有者の

「3.76%」

にとどまっている。このため国土交通省や消防庁は、緊急脱出用ハンマーの重要性について注意喚起している。豪雨や水害時の備えとして装備を検討するよう呼びかけているのだ。しかし、メーカーやユーザーは使用頻度が低い装備に対し、コストやスペースを割くことに慎重になる傾向が強い。

 このように、迅速に解決できないさまざまな要素が絡んでいるため、緊急脱出用ハンマーをすぐに標準装備にできない状況が続いている。

今後の展望とユーザーへの啓発

 2020年8月、国土交通省は自動車関連業界に対し、販売時などの機会を活用してユーザーに脱出用ハンマーの搭載を推奨するよう要請した。合わせガラスは割れにくいことや、正しい使用法の周知も求めている。

 また、JISマークやGSマークを取得した信頼性の高い製品の普及や、粗悪品の排除にも取り組んでいる。今後は、より多くのユーザーが自主的に緊急脱出用ハンマーを備えることが期待される。加えて、メーカーや業界団体による規格の見直しや標準装備化の検討も課題となるだろう。

 現状では、緊急脱出用ハンマーの標準装備化には、ガラスの仕様やコスト、保管場所、法的リスクなど多くの壁が存在する。しかし、近年の水害や事故の増加を受けて、ユーザー自身が「自分の車に合った脱出用ハンマーを自主的に備える」ことの重要性はますます高まっている。

 ちなみに、自分の車が合わせガラスを使用しているかは事前に確認しておくべきだ。車種によっては、リアウィンドウや一部のサイドウィンドウが強化ガラスになっている場合もある。もしものときは、合わせガラスより割りやすい強化ガラスからの脱出を勧めたい。

 緊急脱出用ハンマーを常備するかどうかは個人の判断に委ねられるが、いずれにせよ緊急時に備えた対策は何かしら講じておくべきだ。(木村義孝(フリーライター))

文:Merkmal 木村義孝(フリーライター)

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みんなのコメント

80件
  • koi********
    3.76%も利用者がいるというデータが怪しい。
    車内からの脱出にハンマー使用の経験者が、それほどいるとは思えない。
  • もなる
    停止表示板が標準装備品でない方が不思議。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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