現在位置: carview! > カタログ > ポンテアック > みんなの質問 > 自家用車が贅沢品の昭和の初期、中期、後期時代...

『自家用車が贅沢品の昭和の初期、中期、後期時代...』:ポンテアック

解決済み自家用車が贅沢品の昭和の初期、中期、後期時代はみんな欧米の車に憧れましたか?英国のジャガー、オースチン、米国のポンテアック、サンダーバードでしたか?日本は軽乗用車のスバル360、トヨタ800ccパブリカでは最

自家用車が贅沢品の昭和の初期、中期、後期時代はみんな欧米の車に憧れましたか?英国のジャガー、オースチン、米国のポンテアック、サンダーバードでしたか?日本は軽乗用車のスバル360、トヨタ800ccパブリカでは最高速度80kmでしたか?

ベストアンサーに選ばれた回答

昭和の初期(ここでは第二次大戦前)頃までは、関東大震災後の旺盛な自動車需要に着目した北米2大メーカーのGMとフォードが日本に進出しKD生産による組み立てを開始し、それまで少数ながら主力を占めていた欧州車を完全に駆逐してしまい、市場に供給される自動車のほとんどがアメ車という状況。

昭和の中期(1950年前後~)頃は、本格国産乗用車のほぼ全てが個人需要のオーナー車ではなく、タクシー需要の法人車に重点を置いています。初代クラウンが約100万円で法人向けのマスターが約90万円。その隙間に少数の欧州車と、米軍の軍人・軍属等を通じて持ち込まれる中古のアメ車が混ざって細々とモータリゼーションが進行し始める。

重要なのは、当時のアメ車は国産車と比べて乗り心地良く・丈夫で壊れず長持ちしたこと。

英国車だとモーリス・マイナーでこういう話があります。
このクルマを称賛してやまないある名士が、同じように国産車を使っても比べて壊れず消耗も少なく、耐久性でも国産車は敵わないだろうと思っていました。

一方でそれを売ったディーラーは大変な苦労をしていました。氏のクルマが入庫するたび、磨耗した部品・故障の発生率が高い箇所を綿密に調査し本国へ報告。その上そうした箇所全ての部品等を新品交換し、費用は広告宣伝費だと解釈して請求書には書かなかったんだそうです。「外車は丈夫」の名声を保持するためには、ここまでやっていたのですから外車を「欲しい!」と思う人は少なくなかったのではないでしょうかね。

回答一覧

2件中 1~2件
  • スバル360、トヨタ800ccパブリカは昭和の初期ではありません。
    昭和30年も後半の頃ですよ。

    当時はアメ車が走っていると、皆の注目を浴びたものです。

  • 昭和初期などはさすがに知りません。中期、と言っても1950年代かな、まだ国産車がしょぼかったので、「外車」と言うのは一目置かれていました。今思うとたいした車でもないのですけどね。フォルクスワーゲン(ビートル)が外車!とあがめられていました。
    米国車などはデラックスさで憧れ的なものがありました。
    後期ですか、1980年以降は、国産車も走る曲がる止まるはまともになりました。今度は特に欧州車の質の良さが国産車との差だと言われました。
    ドアの締まる音が違うとかね。
    そういうことを言う人は2020年の今でもいますけど、さすがに今差が有るとは思いませんがいかがですか。

「みんなの質問」はYahoo!知恵袋の「自動車」カテゴリとデータを共有しています。
質問や回答、投票はYahoo!知恵袋で行えます。質問にはYahoo!知恵袋の利用登録が必要です。

10年落ちの車は、売値がつかない? 現在価格をチェック!
carview!の最新情報をチェック!
Facebook
carview!公式Facebook
最新のクルマ情報をお届けするcarview!オフィシャルページ(外部サイト)

Twitter
carview!公式Twitter
carview!の中の人がクルマ情報をつぶやく公式アカウント(外部サイト)