日産 のみんなの質問

回答受付終了
回答数:
6
6
閲覧数:
92
0

戦後の日本の乗用車市場がトヨタの一強状態になったのは、何時からですか?

1970年代までは日産も善戦しており、トヨタの一強状態ではなかったのですか?

「みんなの質問」はYahoo!知恵袋の「自動車」カテゴリとデータを共有しています。

回答一覧 (6件)

  • 1966年に日産が「国内シェア一位目指すぞ!」という意気込みで経営不振のプリンス自工を買収してみたら、プリンスの赤字負債がとんでもなかったもんで、むしろ日産の経営の足を引っ張ってしまいました。

    プリンスから受け継いだ看板商品のスカイラインはヒット車種になったし、技術面でも得るものは大きかったけど、スカイラインとブルーバードとのカニバリも発生していたし(プリンス合併の時点ではどちらかの廃止も検討されてたらしい)、同クラスの車で全く別の開発が行われるという非合理なことにもなっていました。

    70年代に至り、日産は欧州市場への積極展開を進めたんだけど、今ひとつ成果を挙げられませんでした。このために開発予算が捻出できなくなって排ガス規制への対応でトヨタに遅れをとって、また差が付いてしまいました。

    80年代に至り、日産が得意としていた北米市場でもシェアをトヨタに奪われてしまいました。これは海外で親しまれていた「ダットサン」のブランドを廃止し、「日産」に一本化したことが悪影響したとも言われています。海外で儲けが出ないから予算が限られてしまい、作られる車の出来栄えや販売体制の整備、マーケティング等にも影響を及ぼして、またトヨタに離されてしまいました。

    トヨタは堅実にやってきたら会社が大きくなって、トヨタを出し抜こうとして奇策に出た他社が次々と自滅していった結果いまの地位にいる感じです。トヨタはつまらない車ばっか作ってるというのも間違いではなくて、万人に受けて確実に利益を見込めるものをずーっと作ってきたということでもあります。

  • 自分の記憶の中では、初代のソアラが出た頃からトヨタの躍進が顕著なものになり、MARKⅡ三兄弟で誰にも止められない状態になった気がします。

  • 記憶

    倒産寸前に GHQからの発注

    歴史を検索でも〜

  • たしかトヨタが大きくなったのは戦後からだったハズ

    戦後は財閥解体とかナントカで大企業は解体されたんだけど解体された後の販売網とかを買収して大きくなったのがトヨタ

    戦前はトヨタは一強どころか強者でも無かったと記憶してイル

  • 80年代から弱くなりはじめて決定的になったのは90年代中頃ですかね。

  • 1962年は日産の方が1位だったんです。互いに3割ぐらいづつのシェアで63年にトヨタに逆転された。
    そこから、ドンドン差がついたって感じで今は50%だもの。

「みんなの質問」はYahoo!知恵袋の
「自動車」カテゴリとデータを共有しています。

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

ログイン

中古車探しをもっと便利に

  • 中古車お気に入り管理
  • おすすめ中古車の表示

日産のみんなの質問ランキング

  1. 日産とホンダが合併したら、名前はどうなると思いますか?

    2024.12.18

    回答受付終了
    回答数:
    165
    閲覧数:
    22,307

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離