いすゞ ピアッツァ のみんなの質問

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昭和時代は、いすゞ自動車も普通の乗用車を製造、販売してたんですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

こんにちは

はい、昭和時代は、いすゞ自動車も普通の乗用車を製造、販売していました。

結論から言うと、昭和時代のいすゞ自動車は「普通の乗用車」をしっかり造って売っていました。戦後すぐは海外車のノックダウン生産から始め、自社開発へと進み、スポーティから実用セダン、クーペまで幅広いラインアップを展開していました。
70年代以降はGMとの提携で世界展開も強まり、昭和末期まで乗用車メーカーとしての存在感を持っていました。

昭和期の主な乗用車
ヒルマン・ミンクス(いすゞ・ヒルマン):
英国車のライセンス生産で1950年代の基礎を築いたモデル。
ベレル(1961):
いすゞ初の本格国産乗用車。堅実な大型セダンで自社開発の象徴。
ベレット(1963):
小型セダンの名作。スポーツ版の「ベレット1600GT」は国産スポーツの草分け的存在。
117クーペ(1968):
ジウジアーロのデザインで知られる美麗クーペ。手の込んだ内外装と直噴ディーゼルも話題に。
フローリアン(1967):
実用志向の中型セダン。長寿命モデルとして地味ながら支持。
ジェミニ(1974):
GMとの共同で生まれた小型車。2代目以降はFF化し、ハンドリングの良さとCMで人気を博した定番。
ピアッツァ(1981):
117の流れを汲むジウジアーロデザインのスペシャリティ。ターボや先進的な内装で個性を放った。
アスカ(1983):
中型セダン。初代は自社系、のちに他社OEMへと移行する橋渡し的存在。
Sources: 上記は昭和期に日本市場で販売された代表例の整理です。

その後の転換
昭和末から平成初頭にかけて、いすゞは経営資源を商用車へ集中。
自社生産の乗用車は1990年代前半に終息し、以降は他社からのOEM供給(アスカやジェミニ名義など)で乗用車販売を継続しましたが、2000年代初頭にはそれも終了。
現在はいすゞといえばトラック・バスの専業メーカーというイメージになりました。

ひとことの要点
答え: 昭和時代はいすゞも普通の乗用車を多数製造・販売していた。
特徴: 自社開発の名車とGM提携による量産モデルが両輪。
転機: 昭和末〜平成初頭に乗用車から段階的に撤退し商用車へ特化。

質問者からのお礼コメント

2025.9.8 21:37

回答して下さった皆様、お忙しい中ありがとうございました。
また質問した際には、どうぞ宜しくお願い致します(#^_^#)

その他の回答 (6件)

  • 乗用車を製造、販売をしていたと思います

  • Q 昭和時代は、いすゞ自動車も普通の乗用車を製造、販売してたんですか?

    A いすゞベレット、ベレル。フローリアン。ジェミニ。117クーペ。

  • トラックの日野だって・・作ってたんよ。

  • してましたね、
    ジェミニ、アスカ、ビッグホーン他

  • いすゞ ジェミニイルムシャー・ピアッツァネロ・ビークロスは好きでした!

    いすゞ自動車は、1993年に小型乗用車の自社開発・製造を中止し、2002年にはSUVを含むすべての乗用車を日本国内で製造・販売・OEM供給とも終了しました。

  • 117クーペやベレッタとかがありました。

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