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東京オートサロン2019

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ニューモデル
2019.4.28

日本一のレースクイーン、その生体(1) 林紗久羅インタビュー

もくじ

ー あの日、あのとき
ー 苦しかった、最初
ー おとずれた1つの転機

あの日、あのとき

2018年初頭、東京オートサロンの会場で行われた2017年度日本レースクイーン大賞発表の場で、特別賞を受賞しながら悔し涙で泣き崩れていた、1人のレースクイーン。涙に霞んだ先には、ファンや関係者の落胆する姿があったという。そして2019年初頭の東京オートサロン、2018年度日本レースクイーン大賞のステージ。そのレースクイーンはトロフィーを手に、涙に霞んだ目を通して、昨年とは全く違った風景をステージ上から見ることになる。

彼女の名前は、林紗久羅。日本レースクイーン大賞のグランプリを獲得した、2018年度の日本一のレースクイーンだ。

この受賞の陰には、悔し涙にくれた前年の挫折があったそうだが、その前に、そこに至るまでの彼女のプロフィールを追ってみよう。

当初はモデルとしてデビューした彼女。実は内向的でひと見知り、という彼女がひと前での仕事を選んだのは、当時の赤文字系の女性ファッション誌で輝いていたモデルに憧れたから。そしてもう1つモデルを選んだ理由は、「雑誌やランウェイなら、しゃべらなくてもいいと思って」現在のサーキットでファンなどとしっかりコミュニケーションを取り、ステージで歌って踊る彼女の姿からは想像できない理由だが、根本の性格は今でも変わっていないのだという。

「元々、内向的な性格な、ひと見知りで恥ずかしがり屋さん。小さい頃はお母さんの後ろから出ていかない子供だったんですよ。男のひとと話すのも苦手で、おじいちゃんにしゃべりかけられた時に、嫌でかみついたこともあるくらい」

そんな彼女がレースクイーンとしてデビューしたのが、2012年だった。

苦しかった、最初

2012年のデビューは、彼女が積極的に選んだのではなく、当時の芸能事務所のマネージャーがほぼ独断で入れた「仕事」。そして彼女がサーキット最初に立ったのは、例年になく冷え込んだ寒さに震えるスーパーGTの開幕戦となる岡山。

「最初は全然、楽しいとは思えなくて。その日はすごく寒くて、ひょうが降るような天気だったんです。寒い、慣れない環境の中で、こんなにひとに(知らないひとびとに)笑顔を振りまかなきゃならないのか、とかいろいろ考えてしまって。今までと全然違う環境にすごく焦ったというか、わたしはこの仕事を1年間やっていかなきゃならないのかと不安で、もう辞めたいって」

「でもシーズンを過ごしていく中でメンバーとも徐々に仲良くなっていって、クルマのことも少し分かってきてから少しずつ変わっていきました。チームの雰囲気とか関係性とかにも惹かれて、なんだか暖かい場所で居心地がいいなとか、チームが負けるとこんな気持ちになるんだとか、勝つとこんな気持ちなんだ、とか。それまでの仕事では経験したことのない新感覚の発見があって、それで楽しいと思うようになって「続けてみようかな」、っていうのが1年目でしたね」

徐々にレースクイーンという仕事が好きになっていったという、彼女。そして2015年にD’stationフレッシュエンジェルズのメンバーに。これは、スーパーGTに参戦しているD’stationのレースクイーンのユニットで、この年から歌って踊るアイドル的なユニットとしての活動を開始することになっていた。

「歌って踊るダンスユニットをやるって。もう(加入時には)決まっちゃってたんで。分かりましたと。歌とかは得意じゃないけど、いい経験になるかなって感じでしたね。自分の声が入ったCDとか、自分が写ったMVなんてそれまで経験したことがなかったんで、興味本位ですよ」

おとずれた1つの転機

レースクイーンという仕事に慣れ、好きになってきたとはいえ、またその他大勢のレースクイーンであり内向的でひと見知りの彼女。

この時点での活動も現在の様な積極的なものではなかったようだが、その活動と彼女以外は実績のあるレースクイーンで構成されたメンバーの言動が、レースクイーンとしての彼女の1つの転機になったという。

「佐崎愛里ちゃん、日野礼香ちゃん、清瀬まちちゃんってレースクイーン大賞のグランプリ2人と新人賞のグランプリっていう、凄いメンバーで。最初は何でわたしがいるのかなって。その3人はしっかりチームのことも考えていて、自分達だけでなくわたしを含めて人気がるようにと、(彼女のレースクイーンとして足りない部分を)、アドバイスをくれたり、ちゃんと怒ってくれたりしたんです。『もっと自分の思ってることを口にださなきゃダメだよ』とか。経験値や場数が全然違いましたから」

「その3人がグランプリを取った姿も見てますし、その後もレースクイーンとして活躍している姿を見て、わたしもこうなっていきたいなって。それをキッカケにわたしも注目を浴びて、やりがいを感じていくことになったんです。この出会いがあったから、2016年のレイブリックでレースクイーン大賞を取れたっていうのがあるんですよ」

そう、その1年後に彼女は2016年度の日本レースクイーン大賞を受賞。これはその年度のレースクイーントップ5に与えられる賞で、この5人の中からさらにグランプリが選出される。

この年、彼女はグランプリの受賞は逃したが、トップの5人しか残れないステージに立つことになったのだ。だが、この受賞後9か月あまりの過ごし方が、彼女に後悔と冒頭の「挫折」という感情を生み出させる事となる。

(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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