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ジュネーブモーターショー 2018

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ニューモデル
2019.6.23

画像で紹介 ミドエンジン車66選 前編

高級車だけではないミドエンジン

ミドエンジン車を紹介する上で、フェラーリやランボルギーニといったスーパーカーで飾り立てるのは簡単だ。しかし、実のところミドエンジンはそういった超高額車だけではない。1960年代以降に登場した象徴的なモデルをご紹介しよう。

エキゾチックカーもあれば、安価なスポーツカーやコンセプトカーまで含まれている。一般人にも手がとどくスポーツカーの究極形であるシボレー・コルベットも次期型からミドエンジン化される予定だ。

ボネ・ジェット(1961年)

これが世界初のミドエンジン・ロードカーだ。ルノー製パワートレインを使用している。ボネが資金難に陥ったことから、マトラが開発を引き継いだ。

デ・トマソ・ヴァレルンガ(1964年)

ミドエンジンのデ・トマソというとエキゾチックに聞こえるかもしれないが、「スーパーカー」なルックスの下に隠されているのはフォードの1.5ℓコルティナエンジンだ。見た目は素晴らしいが、最高速度はわずか180km/hで、1965年から1967年の間に58台のみが生産された。

No.3~No.6

フォードGT40(1965年)

フォードが1963年にフェラーリの買収に失敗すると、同社はル・マンでフェラーリに勝てるクルマの開発に精を出した。結局のところ4度の勝利を達成した。フォードとフェラーリの対決を描いた映画が今年公開予定だ。

ランボルギーニ・ミウラ(1966年)

1966年ジュネーブ・モーターショーでプロトタイプを公開した当時、ランボルギーニはせいぜい20台程度の販売を予定していた。結局のところ、3929ccのV12エンジンをミドに搭載し763台が生産された。

ユニパワーGT(1966年)

初の英国製ミドエンジン・スポーツカーであるユニパワーは美しいボディの下にミニのメカニカルを搭載していた。しかし高コストすぎたため、2年間で75台のみが生産された。

ポルシェ914(1969年)

ポルシェファンの間では嫌われたが、非常に良く走るクルマであった。VW114エンジンをチューンしたものが搭載され、排気量は1.7ℓ、1.8ℓ、2.0ℓが用意された。912ゆずりの2.0ℓフラット6を搭載する個体もわずかだが存在する。最終的に10万台が製造された。

No.7~No10

クラン・クルセイダー(1971年)

高回転型のヒルマン・インプ・エンジンと軽量なグラスファイバー製ボディのおかげで、クルセイダーは速く経済的なクルマであった。その価格はMGミジェットよりも40%ほど高価であったが、315台が生産された。

デ・トマソ・パンテーラ(1971年)

フォード製の5.8ℓV8を搭載するこのクルマはイタリア製スーパーカーとしては比較的安価だ。しかし、見た目は素晴らしいがその作りは驚くほど悪かった。21年間にわたり7000台以上が生産された。

マセラティ・ボーラ(1971年)

マセラティがシトロエン傘下にいた時代に設計、生産されたクルマであり、マセラティ初のミドエンジン車であった。ジウジアーロによりデザインされ、非常に優れたルックスを持つが販売はそれほどふるわなかった。1971年から1978年の間に571台が生産された。

フィアットX1/9(1972年)

フィアット初のミドエンジンスポーツカーとして登場したX1/9はベルトーネによってデザインされ、フィアット128のパワートレインを搭載していた。1.3ℓエンジンにより最高速度160km/hであったが、1978年からは1.5ℓユニットに変更された。

No.11~No.14

フェラーリ・ボクサー(1973年)

ランボルギーニ・ミウラの凄まじい成功を受け、フェラーリが送り出したのがこのクルマだ。4.4ℓフラット12を搭載し、最高速度は274km/hに達した。1976年以降は4.9ℓとなっている。

ランチア・ストラトス(1973年)

ランチアの競技部門を統括するチェーザレ・フィオリオは、1970年トリノ・サロンでベルトーネのストラトス・ゼロ・コンセプトを目にした。その後すぐに2.4ℓV6を搭載するホモロゲーション・スペシャルとして登場し、ラリーで大きな成功を収めた。

ランボルギーニ・カウンタック(1974年)

カウンタック以上にドラマティックなルックスのスーパーカーがあっただろうか。ピエモンテ地方の方言で感嘆を示す名称がつけられたこのクルマは、V12を搭載し16年間にわたって1997台が生産された。

ランチア・モンテカルロ(1975年)

ランチア・ベータは安価なミドエンジン車としてそれほど有望ではなかったが、このモンテカルロはより楽しめるクルマであった。1.8ℓまたは2.0ℓの4気筒エンジンを搭載し、ルックスもハンドリングも良好であった。クーペとスパイダーが用意された。

No.15~No.18

ロータス・エスプリ(1976年)

ヨーロッパに続きロータス2台目のミドエンジン車であり、ジェームズ・ボンドのおかげで有名になった。当初のデザインはジウジアーロによるものだが、1987年にピーター・スティーブンスがより柔らかなラインで描きなおしている。

AC3000ME(1978年)

MEはミド・エンジンの略であり、AC初のレイアウトだ。しかし開発が長引いた結果、発売された時にはすでに時代遅れになっていた。100台程度のみが販売された。

BMW M1(1979年)

BMW Mが送り出した初のモデルであり、BMW初のミドエンジン車だ。3453ccの直6エンジンを搭載し、280psを発揮する。1979年から1980年にかけて456台が製造され、今も人気が高まっている。

マトラ・ムレーナ(1980年)

バゲーラの後継車であり、横並びの3人乗りが特徴だ。ルノー製パワートレインを搭載する。

No.19~No.22

ルノー5ターボ(1980年)

1983年にはターボ2という後継車も出たが、これが初代のホモロゲーション・スペシャルだ。ラリー用に開発されたが、ロードカーも1820台が製造された。160psの1397cc4気筒ターボを搭載する。

デロリアンDMC-12(1981年)

ステンレス製のボディとガルウイング・ドアが特徴のこのクルマは、ルノー製の2849ccV6エンジンを搭載する。しかしデロリアンはわずか1年後スキャンダルにより倒産し、8353台で生産を終了した。

ポンティアック・フィエロ(1983年)

アメリカのメーカーがミドエンジン車を開発することは珍しい。保守的なGMがこのクルマを送り出したことには大きな意味がある。5年間に37万台が製造されたが、その走り、品質、そして安全性の面で批判が多かった。

トヨタMR2(1984年)

MGB亡き後、フィアットが安価なスポーツカーとしてX1/9を発売した。その後に登場したのがMR2である。高回転型の1.6ℓツインカムを搭載し、信頼性やシャシーに定評があった。1984年から2005年までに3世代が存在するが、初代が最高と言われている。

No.23~No.26

フォードRS200(1985年)

グループBゆずりのターボ付きの1.8ℓBDTエンジンを搭載するRS200は253psを発揮する。競技仕様では660psに達していたが、その活躍を前にシリーズが終了してしまった。

日産ミッド4(1985年)

日産はミドエンジンで4WDのスーパーカーを1985年と1987年に立案している。両車ともに3ℓV6ツインターボを搭載、3代目には4.5ℓV8を採用したが、発売前に不況により計画は頓挫した。

MGメトロ6R4(1986年)

このグループBラリーカーにはメトロらしさはほぼ残されていない。異常なほど早く、公道用に253psとされたメトロ6R4は200台程度生産された。競技仕様は385psであった。

フェラーリF40(1987年)

フェラーリ史上最高のマシンとも言われ、エンツォ・フェラーリが関与した最後のフェラーリ車であった。フェラーリの40周年を記念するモデルであり、485psのV8ツインターボにより最高速度は320km/h超であった。

No.27~No.30

ジネッタG32(1989年)

ジネッタはリアエンジン車を作った実績はあったが、ミドエンジンはこれが初めてであった。フォード製1.6ℓを搭載し、最高速度は193km/h程度であった。クーペとコンバーチブルが用意された。

パンサー・ソロ2(1989年)

パンサーは当初安価なミドエンジンの2シーター車を1985年に発売させる計画であった。しかしトヨタMR2の発売を受け、より上級志向へと転換したが、倒産までに12台程度しか販売することができなかった。

ヴェクターW8(1989年)

ジェラルド・ウィーガートと彼の会社、ヴェクター・エアロモーティブの物語は映画化に値する。1978年に創業したが、1989年から1993年の間にわずか22台を生産した。彼は今でも1875ps級のハイパーカーを開発中だ。

ホンダNSX(1990年)

ホンダはミドエンジン・スーパーカーのコンセプトを現実のものとすべく、信頼性、実用性、そしてパフォーマンスを追求した。フェラーリ348よりも優れた走りを見せたが、ホンダのブランド力の低さにより販売は振るわなかった。

(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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