掲載期間:2017年9月6日〜2017年10月6日

フランクフルトモーターショー2017

EVや自動運転をめぐるクルマ界の覇権争いが激化中!

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ニューモデル 2017.10.21

成功? 失敗? 「サブブランド」28社 一刀両断(前編)

「サブブランド」あれこれ 一刀両断

今まさにボルボはポールスターを生み出そうとしているが、これは決して自動車業界における初の試みという訳ではない。

ボルボが独立したサブブランドとして生み出そうとしているポールスターは、ハイパフォーマンスモデル、及びEV向けのブランドとなる予定であり、これまでに数多く生み出されてきたサブブランドの最新例となる。

今回は著名なサブブランドを網羅して、それぞれが成功したかどうかを、われわれが判定を下す。

RS(フォード):1968~

2018年は欧州フォードが1968年にドイツで生み出した前輪駆動モデルのタウヌス15Mに端を発するRS(ラリースポーツ)ブランド生誕50周年記念である。

しかし、その2年後には真のRSモデル、エスコートRS1600が登場してフォードファンを喜ばせた。

1970年に発売された最初のエスコートはフォードで当時設立されたばかりのAVO(アドバンスド・ビークル・オペレーションズ)の手による仕業である。その後AVOはカプリ、エスコートやフィエスタなど数多くのホットモデルを欧州市場に送り出してきた。

何故か本国では2016年に四輪駆動のフォーカスRS(写真)が発売されるまでRSブランドは展開されなかった。

判定

大成功

ゴルディーニ(ルノー):1968~1978/2010~

アメデ・ゴルディーニは1930年代にクルマのチューニングを始め、第一次世界大戦後、少量ながら自身でも車両を製造するようになった。

1950年代のシムカからルノーへのパートナーの変更は、1960年代を通じてル・マン24時間に参戦する事となったルノー・ゴルディーニの誕生へと繋がった。

更に1957年のドーフィン・ゴルディーニから、その後の5、12、17及び8へと繋がるルノーのゴルディーニ・モデルの幕開けでもあった。

ルノーは2009年、トゥウィンゴと写真のクリオ(日本名:ルーテシア)のスポーツモデルに対して、ゴルディーニ・ブランドを復活させている。

判定

最初は大成功、今回は(これまでのところ)失敗

M (BMW):1972~

最新のMモデルである写真のG30型M5がフランクフルト・モーターショーで発表された。

サブブランドとしては興味深い事に、更には非常に珍しいことでもあるが、Mは自動車製造会社としての顔を持つ。

そのため、MモデルにはBMWの通常モデルと区別するための数字が型式の前に付いており、ドアに貼付されるバッジの表記も通常モデルの「BMW AG」ではなく、「BMW M GmbH」となる。

つまり、厳密にいえばMというのはBMWの子会社ですらないという事だ。ご存知かたも多いはずだ。

判定

おそらくサブブランドの中でも最大の成功例

アルピーヌ(ルノー):1973~1995/2018

ジャン・レデレは1955年にルノー車をベースとするスポーツカーを製造するためアルピーヌを創設した。彼は1973年のルノーによる子会社化まで、常にプラスティックボディとリアエンジンにこだわり続けた。

1995年以降、売上不振によりアルピーヌブランドは塩漬け状態だったが、今年初めのジュネーブ・モーターショーで新たなアルピーヌ・モデルが発表された。

この新型は2018年中には欧州とその他のいくつかの地域で販売が開始される見込みである。願わくば、その販売数量が十分なものであって欲しい。

判定

大成功(われわれの希望)

クワトロ/アウディ・スポーツ(アウディ):1983~

Urクワトロは自動車運転の歴史とWRCにおけるエポックメーキングな存在である。だからアウディがクワトロブランドを乱造して金儲けの道具にしているなどと責めてはいけない。

4輪駆動モデルにクワトロを名乗らせる一方、彼らはQuattro GmbHという新たな部隊を設立して、素晴らしいR8に代表されるハイパフォーマンスなRSモデルを開発している。

2016年、彼らはAudi Sport GmbHと名を変えたのだが、恐らくこれは四輪駆動以外のハイパフォーマンスカーを開発する為だったのだろう。2017年のフランクフルトショーで発表された限定バージョンのリア駆動モデルR8 RWS(写真)がその第1弾となる。

判定

大成功

ニスモ (日産):1988~

1984年に日産のハイパフォーマンスカー部門として設立されたものの、1987年のR31スカイラインが初の製造車両という事になった。

その後1988年にザウルスレース専用車両、1990年にスカイラインGT-Rを生み出し、2003年にはわずか19台のみが生産されたZ-Tune GT-Rが507psの最高出力と最高速度322km/h以上を記録してみせた。

2008年に発売された現行GT-Rがニスモのチューニングを受けるには2015年まで待たねばならなかった。写真のGT-Rは599psまで出力を高められ、価格はノーマルモデルの1.5倍となる。

判定

大成功

SVO/SVT(フォード):1981~

1981年、フォードはハイパフォーマンスカーに特化したスペシャル・ヴィークル・オペレーションズ(SVO)を立上げ、レース車両の開発支援を行うと共に、1984年にはブランド初のモデルとなるフォード・マスタングSVOを発売した。

豪州でも同様の部隊によりフォード・ファルコンなどのパフォーマンス向上が図られた。1993年にSVOはスペシャル・ヴィークルズ・チーム(SVT)と改称された。

近年で最も有名なモデルは写真の2010年式SVTラプターだろう。F-150ベースのハイパフォーマンス・ピックアップで、6.2ℓV8エンジンは417psを絞り出す。これによって2767kgのボディはわずか6.7秒で97km/hに到達する。

本国へのRSブランド導入に伴い、SVTの名は後継モデルには受け継がれておらず、このまま退役となるだろう。

判定

大成功

サターン(GM):1985~2009

1985年、米国での更なるシェア獲得のため、米国内に工場を新設する日本車メーカーに対抗するための戦略の一環として、GMは革新的な小型車がどうあるべきかを示す為にサターンを設立した。

当初の計画ではサターンのクルマは既存のGMブランドで販売される予定だったが、後にこの計画は変更されている。1990年に最初のモデルが発売された。

サターン購入者の多くは単に他のGMブランドからの買い替えであり、その販売が期待に届くことはなかった。

結果、GMは他の小型車ブランドと共に2009年にはサターンを廃止している。写真はシボレー・マリブ、オペル/ヴォグゾール・シグナム及びサーブ9-3の姉妹車種となる2008年式サターン・オーラである。

判定

失敗

アキュラ(ホンダ):1986~

1996年、ホンダは日本車メーカー初の試みとして、独立した高級車ブランドのアキュラを設立した。

当初は米国とカナダだけでの販売であったが、その後アキュラ・ブランドはメキシコ、ロシア、中国、クウェート及び香港にまで広がっている。

ホンダ車のバッジエンジニアリングモデルから、TLX、RDXやMDXといったアキュラ独自モデルまでをラインアップしている。

2005年までのレクサス同様、ホンダ・バッジを付けたアキュラと同じ中身のクルマが走り回っているにも関わらず、日本でのブランド展開は行っていない。

写真は2018年式MDXであるが、このクルマは米国で最も人気のあるアキュラであり、2016年の販売実績は55,495台に上る。製造はアラバマとオハイオの工場で行われる。

判定

大成功

HSV(ホールデン):1987~

ホールデン・スペシャル・ヴィークルズ(HSV)は豪州GMのハイパフォーマンスカー部門であり、スコットランド出身のレーサーでありビジネスマンでもあるトム・ウォーキンショーによって設立された。

最初のモデルは1988年のホールデン VLコモドアSS グループA SVであり、ヴォグゾール/オペル・セネターの姉妹車種となるホモロゲーションモデルである。

最新の最も驚愕すべきモデルはA$79,990(US$62,900)のHSV マルー R8 LSA。素晴らしく常軌を逸したこのコモドア・サルーンベースのピックアップは、カマロZL1の6.2L V8エンジンを更にチューンアップし、4.5秒で97km/hに到達してみせる。

残念ながら、豪州でのGMの自動車生産終了に伴い、今年でコモドアはその歴史を終え、マルーもまたその生涯を閉じる事となる。HSVは継続されるかも知れないが、もはや輸入車へのバッジエンジニアリングに留まるだろう。

判定

大成功

スターリング(ローバー):1987~1991

決して褒められないその組立品質にも関わらず、長年にわたり多くの英国ブランドが米国で隆盛を誇ってきた。

そのうちのひとつがローバーである。しかし、ほどなくしてアメリカ人もその見掛け倒しの品質に愛想を尽かしたため、新しいブランドが必要となったローバーが1987年に設立したのがスターリングである。

唯一のモデルが800シリーズであり、ホンダとの提携のもと生産された。

スターリング・ブランドの開始に伴い、カー&ドライバー誌が大胆にも見解を披露した。「コンコルド以外には、イングランドからこれ程素晴らしい組立品質を持った製品が輸出された事は無い」ローバーはこのコメントを大変気に入り、写真のとおり広告にも用いた。

しかしコンコルド同様次第にその評価を落とし、組立品質と信頼性の低さが明らかとなっていった。名誉ある撤退を決断し、1991年に最後のスターリングが販売されるまでの4年間で、実に4万台以上が大西洋を渡った。

遥かに素晴らしい出来栄えのアキュラ・レジェンドと多くの部品を共有していた為、今でも数百台が米国の路上を走っており、スターリング・ブランドには少数ながら謎めいたカルト的なファンがいる。

現在でもローバーは米国において憧れのブランドであり続けているが、それはローバーの前に「ランド」や「レンジ」が付く場合に限られる。

判定

失敗

レクサス(トヨタ):1989~

もし平凡な人間がひとつ上のクラスに移ろうと望むなら、唯一の成功への道は新しいブランドを立ち上げて、品質、信頼性そしてカスタマーサービスの面で他のライバル達を完膚なきまでに叩きのめす事だろう。「言うは易し」であるが、1989年、まさにレクサスは米国でそれをやってのけたのだ。

写真の素晴らしいLS400が発売されて以来、レクサスは比類なき信頼性と最高のディーラー品質への評価と共に、ハイブリッドモデルのニッチマーケットを形作ってきた。

奇妙な事にレクサスは2005年まで本国での展開を行っておらず、それまでレクサスのクルマはトヨタ車として販売されていた。

判定

大成功

インフィニティ(日産):1989~

1989年、日産は米国市場にインフィニティブランドを導入した。

コストを掛け過ぎたために、日産ブランドでは販売するのが難しい高級車を高い利益率で販売するための戦略であった。

インフィニティはそれなりの成功を収め、ホンダのアキュラ・ブランドと比肩するまでにはなったが、現在の米国市場での販売数はレクサスに大きく差を付けられている。

2016年の販売台数はレクサスの33万1228台に対して、インフィニティは13万8293台に留まる。

欧州では2009年に販売を開始した。競争の厳しい市場ではあるが未来は明るい。写真のインフィニティQ50は米国で最も人気のモデルであり、2016年の販売実績は44,000台であった。

判定

大成功

AMG(メルセデス・ベンツ):1999~

1967年、ハンス・ヴェルナー・アウフレヒトとエアハルト・メルヒャーがメルセデスを更に高性能にチューンアップするべくAMGを設立した。

当初AMGの関心はモータスポーツにあったが、その後ロードーカーのハイパフォーマンス化に情熱を傾けることとなった。1999年、AMGがその素晴らしい仕事ぶりで勝ち得た名声を嗅ぎ付けたメルセデスが経営権を握った。

2005年、メルセデスはAMGを完全な子会社としたが、依然としてAMGはエンジン及びその他の技術に関して、パガーニ及びアストン マーティンと独自の関係を保っている。更には写真のAMG GTのようなAMG独自モデルの製造も行っている。

判定

大成功

(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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