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落札価格20億と言われた最古のポルシェが売れ残り。理由はサザビーズのミスとナチスの影にあった
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ポルシェ一族のファミリーカーとして

この最初のモデルが完成するかしないうちにヒトラー率いるドイツ軍はポーランドに侵攻、第二次大戦が勃発してしまい、ベルリン~ローマ・レースはキャンセルとなった。

しかし、スポーツカー製作にこだわったポルシェの手によって2台目が1939年12月に完成。さらに1940年6月には事故で全損した1号車のシャシーに3台目が構築された。これら全てのクルマはKdFワーゲンのパワートレーン/シャシーをベースに作られたものだ。

この3台目はフェルディナンドと息子のフェリー・ポルシェに引き取られ、ファミリーカーとして実用にも使われていた。そして翌1941年にレストアした時に「PORSCHE」のバッジが付けられたらしい。それは自動車メーカーのポルシェという意味ではなく、「ポルシェ設計事務所」が手掛けたクルマという意味だったはずだ。

というのはポルシェが1948年6月8日にオーストリアの運輸局から認可を得て製作した第1号車は「356 ロードスター No.1」であり、フェリー・ポルシェ自身も「私が夢見たクルマがようやく実現した!」と語ったほどであったからだ。

そして翌月11日にインスブルックで開催されたレースに、実業家で自らもレーシングドライバーであったオットー・マテの手でドライブされたタイプ64にもPORSCHEの文字が明らかに見られたのである。どうやらポルシェは参加したイベントで少しでも多くの自社製モデルを見せたかったようである。

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