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【クルマ小説】僕は新人トップセールス vol.1「ターチャンの想い出」

【クルマ小説】僕は新人トップセールス vol.1「ターチャンの想い出」

今回の登場人物は「ターチャン」である

「職場でそう呼ばれている」と自らそう名乗るものだから、だからして以降ターチャンでいいと僕も思った。

ターチャンとは一見、ただのオッサンである。モサモサの白髪頭にクルクルめがねをしている、初老、には届かない、中年、というかなんというか。

平成2年3月登録、相模ナンバーのレガシィに乗っている。

出会いのきっかけはそのレガシィを僕が査定したときのことだった。

僕は平成12年4月から翌年のゴールデンウイークにかけて、というから、かなり短い間だったが、じつはクルマ屋の営業をやっていた。まあ営業なんて格好のいいものではなくて、場末の中古車屋のニイチャンみたいなモノだった。従業員はたった4人...くらい? 態度はデカイが中古車に関しては無類の目利きの社長、怒られてばかりだけど面倒見のいい先輩オカダくん、僕、車庫(証明)出しとか登録業務とか茶出しとかを一人でやってる機嫌の悪いオネエちゃん、そして気が向いた時にだけやってくる洗車のバイト。その4人、というか4.5人というか、たまに5人、と言ってもいいというかなんというか。横浜の田舎の方、山の中の、水溜りだらけの車置き場にプレハブみたいな事務所を建てて商売をしていたが、でも、並んでいるクルマがハンパなかった。

登録してから1年と経っていないようなセルシオ、シーマ、クラウン、セドリック、レパードJフェリー、だけじゃなくて、メルセデス、アウディ、ポルシェ、時にフェラーリ。そしてBMWも。店構え方面の設備投資は明らかにケチッておいて、仕入れるクルマのほうに全精力を傾けているような、そういう店だということは入社する前からわかっていた。車の仕事をするならここだな、と思っていたら、雇ってもらえた。

入庫するクルマたちは文字通り宝石のように美しく輝いていたが、それもそのはずで、ディーラーでの下取り条件が合わず、よりよい買取条件を求めてお客様がわざわざ訪ねてくる、そこで買い取ったいわば「産直」の極上中古車をそのまま並べるという仕組みだった。田舎道の脇によくある地元の農家が栽培した新鮮な野菜を無人で売っている販売所の、あの風情に似ている(無人じゃないけど)。ディーラーのやり手営業マンとのパイプも太く、そのルートからの紹介も多かったが、今だったら確実に怒られるやり方である。

そんな、店構えにまったく気を使っていない、一見どうってことない中古車屋だから、事情のわかっていない一見客という種類のお客様も多く、こういった方たちに説明するのが労力の大半だったりした。店構えに対して、「なぜこんなに高いクルマばかりなのか」という種類の質問への回答である。

で、ターチャンである

ターチャンは相模ナンバーをつけたガンメタのスバル レガシィGTワゴンをゴボゴボいわせながらやってきた。洗っていないと見えて小汚かった。査定して欲しいというから車検証を借りて、外装のチェックや下回りも見て、でもボンネットのオープナーを引きながら「値段つかないよね」と思う。車齢10年、8万2000km、いかにワンオーナーといえど、この条件ではもはや値段はつかない。それをどうお伝えしようかと考えながら、それなりに飛び石痕のあるボンネットを開くと中身は意外とキレイだった。プラグコードも新しいし、なによりタイミングベルトを6万7500kmという早期に交換している。「EJ20」は意外と早いという話しは聞いたことがあったが、このタイミングベルトの交換歴はターチャン、彼という人となりをプロファイリングするうえで重要なポイントだった。

ターチャンの話しは長かった。まあ、クルマ屋にやってくる、しかもそれなりにマニアックで、こだわりのある品揃えの店にやってくる、そういうお客様との話しは長くなりがちだ。仕事、職業の話しは営業としては聞いておきたい。話しは膨らむし、プロファイリングにも有用だ。ターチャンは適当にはぐらかしてなかなか答えてくれなかったが、しかし「技術職だよ」とだけ教えてくれた。

話しを聞くうちに、いろんな事情がわかってくる。ターチャンは地元小田原のスバルからスバル1000を皮切りにずっとスバルに乗り続けてきたこと。できればこれからもスバルに乗り続けていきたいと思っていること。でも信頼しているベテランメカが定年退職してしまい、引き継いだ若手メカではどうも心許ないこと。

でも、その時ウチの店にスバルのクルマは在庫していない。「次は何になさるんですか?」と話しを振るが、「そうだねぇ、セルシオのV8エンジンは素晴らしいよねぇ」とか、「ステージアの四駆の雪道性能はどうなの?」といった、のらりくらりとかわされるやりとりが、じつは2ヶ月ぐらい続いたわけだが、ある日、ターチャンはレガシィではなく、なんと単車で現れるのだった。

レガシィではなく単車で現れたターチャン

「じつはね、年甲斐もなくコレに目覚めちゃったんだよ」・・・BMWのK1100RSという立派な大型バイクだった。ヘルメットを脱いだターチャンは、でもやっぱりモサモサ頭にクルクルめがねのオッサンであることに違いはなかったが、でもなんとなくそれでピンと来た。ターチャンのお目当ては店のちょっと奥の方にしまってある7シリーズだと。おもてのほうに置いてあるE39やE36にはまったく興味を示さなかったというのもあるが、店に来るたびに店の奥の方に「まだある」ことを確認するかのように視線を飛ばしていることにも気がついた。

「前の方にお出ししましょうね(笑)」

ターチャンはニンマリと笑って頷いた。彼と最初に出会ってから3ヶ月は経過しようとしていた。ターチャンは前に出す前にこの750iLのエンジンを自分に始動させて欲しいという。コールドスタートはそのクルマの管理のほどがわかるからだという。もっともだと思った。バッテリーが上がっていたらイヤだな、と思いつつも、珠玉のV12はアッサリと目を覚ましてくれた。ターチャンは「いいね」と一言だけ言った。

その日、ターチャンは724万8千円という見積もりを持ってK1100RSで小田原に帰った。その見積もりに高いとも安いとも言わなかったが、「少し時間をください」とだけ言った。しかし僕は半信半疑だった。10年落ちのレガシィから2年落ちの750iLだからなあ・・・

ターチャンと出会ってもう4ヶ月が経とうとしていた。さすがに4ヶ月も在庫しておくと中古車としての鮮度も落ちるから、「そろそろなんとかしないとな、マエダ」と社長の追い込みが入り始めたが、ターチャンとは音信不通だった。今だったら業者オークションでもかなりの値段で売れるだろうし、その方向で処分するか、というような会話をしていた閉店時間間際のコトだった。ターチャンが突然現れたのである。ヨレヨレのスーツを着ている。手には風呂敷に包んだナニカを持っている。クルマを見に来たのではないことはわかった。

商談テーブルの上にその風呂敷包みをドンと置いて、彼は言うのだった。

商談テーブルに置かれた風呂敷

「待たせてすまなかったね。僕はねえ、前田さん。スーツとクルマは売り子で決めることにしているんだ」

僕が呆気に取られていると、ターチャンはカバンのなかから年季の入った実印を取り出し、「早く、早く!」という顔をしている。事務所の奥で社長がオークションの出品票を破く音がした。風呂敷包みを解くと帯封さえついてない万札が724枚あった。じつは8千円足りなかったが、そんなものは社長決済を仰ぐまでのこともない。僕は勝手にその8千円をレガシィの査定額に乗せることにして、総額724万円の契約書を作り直した。社長は何も言わなかった。

後年、といっても僕がまだBMWのE36最終型に乗っていた頃だから2010年あたりだろうか。花粉フィルタの交換かなにかを依頼しようと、あの当時から付き合いのある正規ディーラーを訪ねると、見覚えのある小汚い7シリーズが止まっていた。高齢者マークが貼ってあって、けっこう傷だらけだけど、湘南ナンバー。ターチャンだとすぐにわかった。

まだ乗ってくれていたということももちろん嬉しかったが、「主治医は変えないほうがいい」といって、小田原に住んでいるのにわざわざ横浜のディーラーに入庫していること、この10年で故障も少なくはなかったが根気強く付き合ってくれていることも馴染みのフロントから聞いた。長年スバルに乗っていたこと、そのスバルが素晴らしかったこと、そしてこの珠玉の12気筒がきっと自分にとって最後の一台になるであろうこと・・・などなどを、やっぱり一度来店すると2時間位は喋って帰るらしい。

そのBMのフロントマンが教えてくれた。

「ターチャンの職業、なんだと思います?●●大学病院の外科部長だった人らしいですよ」

人は見かけで判断してはいけないお手本のような出会いだった。

(文章:前田恵祐/イラスト:田中むねよし)

【この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません】

→「vol.2 奥様は運転好き

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